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川上弘美「神様 2011」感想:震災の記憶を呼びさます作品

作品情報

神様 2011

神様 2011

 本作には、川上弘美さんのデビュー作「神様」とそのリメイクである「神様 2011」が収録されています。

※「神様」の感想はこちら
spaceplace.hatenablog.jp

評価

☆☆☆(最高評価は☆5つ)
※以下は作品のネタバレを含むので、注意してください。

ネタバレ感想

 本作の短編、「神様 2011」について感想を書いていきます。

 東日本大震災について語ること。それは、一被災者の自分としても非常に難しいことです。あの時の恐怖・衝撃は、軽々しく言葉にできるものでもなく、すべきでもありません。それもあってか、あの大震災を扱った作品は多くないように思います。

 そんな中、あの原発問題について正面から扱ったのが、この「神様 2011」でした。川上さんは、もともとはほんわかした物語である「神様」をあらすじはそのままに、状況だけ「あのこと」以降にすることで、「あのこと」の衝撃を巧みに描き出しています。

 最初の1ページに、いきなり「防護服」との単語が出てきて度肝を抜かれました。その単語からする悪い予感が、恐ろしい気配が、どんどんと平和だったはずの物語を侵食していきます。「あのこと」の避難時、被爆量、累積被爆量貯金等々。物語の本人たちは受け入れ切っているはずの単語が、僕の心を締め付けていきます。

 紳士的な熊のエスコート。物語の中盤、「わたし」のために、川にある魚を取ってくれたりします。そこは「神様」と同じです。しかし、「あのこと」によって熊はこう言わざるを得ないのです。

「その、食べないにしても、記念に形だけでもと思って」(32頁)

 心があったかくなるシーンであったはずが、「あのこと」によって悲しみをもたらすシーンになってしまっています。そこにあるのは熊の善意だけで、「あのこと」がなければこんな留保をつける必要もない、本当に和やかなシーンでした。ですが、それがこのような形で相手に気を遣わなければならないのが、悲しいのです。

 熊と抱擁を交わすシーンも、本来は心が温かくなるシーンのはずでした。しかし、被爆量の計算のシーンで、その穏やかな瞬間はすぐに崩れ去ります。避けられない現実が、本編の随所に現れています。

 本作を読んで、震災の時と同じ良く分からない恐怖感が蘇ったような気がします。僕自身は、「あのこと」の影響を直接受けなかったにせよ。

 震災からすぐであれば、僕は本作を読み切れなかったかもしれません。ですが、震災から多くの月日が流れ、今では僕の許容量の範囲内で、この短編は僕の記憶を呼び覚ましてくれました。

 改めて考えると、僕は震災について考えることをこれまで避けていたようにも思います。あの経験は何だったのだろうと、もう一度深く考えるべきだなと、本作を読んで感じました。

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