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伊坂幸太郎「火星に住むつもりかい?」感想ー火星に住む方が早い?

作品情報

火星に住むつもりかい? (光文社文庫)

火星に住むつもりかい? (光文社文庫)

評価

☆☆☆(最高評価は☆5つ)
※以下は作品のネタバレを含むので、注意してください。

ネタバレ感想

 本作は、結末にちょっと不意打ちを受けたところを除けば、面白かったです。暴走する平和警察。旧ソ連のように密告が奨励され、冤罪により処刑される人は数多くとも、市民は意外と普通に生活をしている。庶民は何が真実かを気にかけず、公開処刑に熱狂する。このあたりは、非常にシニカルで良かったです。

 平和警察という悪が跋扈する中、突然現れる正義の味方。正義の味方は悪を蹴散らすも、救うのはごく一部の者だけ。この時点で、一般的な正義の味方とは少し違います。

 そんな正義の味方探しは、普通の作品と真逆で面白かったです。とはいえ、やっていることと言えばプロファイリングと地道な捜査ですから、普通の犯罪者を探すのとなんら変わりないのですけれど。

 そんな正義の味方は、実は妻を亡くしてやけになったおじさんだった、というところは伊坂さんらしくてすごく好きです。恐ろしい平和警察に対抗する正義の味方は、完全無欠のスーパーヒーローではなく、ただのおじさんだったとは。なんだこりゃって感じですね。正義は相対的なものであるという、本作品のテーマがここにも表れているようですね。

 そして、そんな正義の味方も、最後は平和警察の手のひらの上で転がされます。そして、久慈も平和警察の動きも、真壁に操られていたという。作中で語られていた、相手の力を利用して相手をやっつけるという合気道のイメージと、本作で語られた平和警察の力を利用して平和警察のトップを挿げ替え薬師寺を危険人物扱いするイメージが、ぴたりと重なりましたね。

 しかしながら、上野刑事部長は実は無能ではなく擬態していただけだったというのは、ちょっと不意打ちすぎた感じはありました。伏線は張られていたのかもしれませんが、今まで無能のように描写されていた人が、いきなり事件の首謀者の一員だったと言われてもちょっと納得できません……まあ、完璧な擬態であればあるほど、それを匂わすシーンはあってはならない訳で、そこは難しいところですよね。

 そのような作品の評価はさておき、今作品の終わりは、特にハッピーエンドと呼べるような代物ではなかったなと思います。確かに、上野刑事部長が平和警察内を変えていくことは示唆されていますが、そもそも組織には一定の慣性が働きます。トップが変わったところで、平和警察が嗜虐心あふれる人員から構成されていることには変わらない訳で、下手に平和警察を非暴力的に改革しようとすると、今度は上野刑事部長が危険人物される可能性は十分あります。

 そもそも、憲法36条で公務員による拷問及び残虐な刑罰禁止されているのに、平和警察による拷問が普通に行われているところからすると、この世界において法の支配が機能しているとはとても思えません。とすれば、上野刑事部長が昇進したことは、平和警察の改革への第一歩に過ぎない訳で、この世界の政府にはまだまだ課題が残っています。

 結局のところ、この世界から冤罪がなくなって真の平和が訪れるよりも、火星に住めるようになる方が、もしかしたら早いかもしれませんね。