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冲方丁「マルドゥック・スクランブル 燃焼[完全版]」─再び生まれ変わる少女

作品情報

本作は、マルドゥック・スクランブルの完全改稿版です。冲方丁さんのマルドゥックシリーズの第1シリーズですね。

※第1巻圧縮の感想はこちら。 spaceplace.hatenablog.jp

評価

☆☆☆☆☆(最高評価は☆5つ)

※以下は作品のネタバレを含むので、注意してください。

ネタバレ感想

怪物同士の戦い?

 さて、前巻から続くオフィスでの戦いは、怪物同士の戦いと言えそうなくらいのものでしたね。実際、「彼らが生きてこの光景を見たら(中略)二種類の怪物の争いとみなしたかもしれない」(10頁)と記述されていますしね。

 ボイルド自身が怪物であることは間違いがありません。重力を自在に操り大口径の銃をぶっ放し、標的を残虐かつ確実に抹殺するその姿は、怪物以外の何物でもないでしょう。

 そして、ボイルドと戦っていたバロットもまた、怪物となりかけていました。身体的にも、精神的にも。

 バロットは、もはや「金属繊維と人体の合成生物」となっています。(92頁) そして、その身体能力は、飛んでくる銃弾を銃弾で弾き返したり、正確に一か所を撃ち続けられるレベルに達し、人間を大きく超えています。

 また、精神も歪み残虐となっていました。前巻において、バロットは修羅と化し、ミディアムを半殺しにするまで攻撃をやめませんでした。その結果、ミディアムは悲惨な傷害を負います。

全身火膨れだらけで、左目は白濁し、耳からひっきりなしに血が流れた。足に力が入らないらしく、両膝が凍えたように痙攣し続けている。(20頁)

 いくら相手から襲ってきたからとはいえ、これはひどすぎるでしょう。実力的にミディアムを圧倒していたバロットは、ここまでやらずともミディアムを無力化することが出来たでしょう。バロットは、わざとミディアムをここまで傷つけたのです。

 こんなバロットを見て、ボイルドもまた、バロットについて、「新しい怪物がこの世に生まれたにすぎない」(12頁)と評しています。

 バロットが握っていた銃が、単なる銃であれば─まず間違いなくバロットは怪物となり、今度は被害者ではなく加害者として、多くの不幸を振りまいたことでしょう。ウフコックだったからこそ、そんなバロットを止められたのでしょうね。

バロットの成長

 本作においても、少しずつバロットは成長していきます。ウフコックやドクターの助けもあって。

 ウフコックがなぜバロットを救えたのか。その答えが、以下の部分に現れていました。

君の失ったものを与え直そう。ルールを守り続ける限り君は愛され続ける。(中略)だがウフコックは違った。ルールを選択しろとあの優しいネズミは言ってくれた。(中略)ウフコックはこうも言ってくれた。君の事件と。バロットの体がそうであるように。これは自分のものだった。(65頁)

 バロットを物として扱うのではなく、個人として尊重すること。過去から逃げるのではなく、過去に立ち向かうこと。それを優しく教えてくれた、小さなネズミのウフコック。本当にかっこいいです。

 そして、バロットは楽園のプールでシェルの過去を探すことによって、過去と対峙します。

 バロットは気づきます。

≪女の子が死ぬ度、お金が生まれ変わる……≫(102頁)

 自分が「殺された」理由の一旦が、単なる金であることに気づいたバロットは、強い殺意を抱きます。しかし、ウフコックを濫用した経験から反省し、成長したバロットはそれに耐えられる強さを持つようになりました。

バロットは芽生えた殺意を研ぎ澄まそうとする心を鎮めるために深く息を吸い、ゆっくりと泡を吐いた。(中略)沈黙をしいられ、抵抗できず殺されるしかなかった自分が──泡となって砕け散り、消え去っていくのだという思いを抱いた。(103頁)

 オフィスでのバロットであれば、迷わずシェルを殺しに行ったでしょうが、もはやバロットは生まれ変わりました。

あのプールでまた生まれ変わった気分だった。死体安置書で目覚めたときのように狂った存在としてではなく、もっと正しい何かに。(121頁)

 このシーンを読んで気づいたのですが、やはりバロットは前巻の時点では立ち直っていなかったんですね。自分の存在価値を否定されて心に空いた穴に、破壊衝動を詰め込んで満たしていただけで、心はまだ壊れていたのです。

 それはしょうがないことだと思います。これだけひどい経験をしたのに加え、バロットはまだ少女に過ぎないのですから。

 しかし、ここでまたバロットは、復活して大きな一歩を踏み出します。フェニックスは何度も死に、そして何度も蘇るのです。

 復活したバロットは楽園を飛び出し、自らの価値に挑戦することを決意します(255-256頁)

理性による戦い

 本作の最終パートは、マルドゥック・シリーズ全体の中でも白眉のカジノシーンです。

 初読時は、面白いなと思いつつも、何でいきなりカジノなんだろうと訝しんだものです。今までさんざん武力を用いて戦ってきたのに、なぜここに来てカジノなのかと。

 しかし、完全版を読んで、カジノシーンを書かなければならなかった理由が、分かったような気がしました。

 今までの戦いは、理性ではなく、破壊衝動・防衛意思に貫かれた、なかば本能的な戦いでした。しかし、これと数学を駆使し厳密な戦略を持って戦うカジノは真逆です。いうなれば、カジノは理性による戦いなのです。

 だからこそ、精神的に成長し、成長し続けるバロットにフォーカスするために、カジノという舞台を選ぶ必然性があったのでしょう。

 カジノシーンの中でもターニングポイントとなったのはルーレットです。ここでバロットは、周りから指示されるのではなく、自らの意思で、「身に着けた力を駆使して何かを獲得したい」という気持ちを抱くようになります。(217頁)  ルールを与えられるだけの存在ではなく、ルールを選択する存在へと、変貌していくのです。

 そして、見事に理性を駆使して、ベルウィングという最高のスピナーに勝利します。

終幕、そして次なる戦いへ

 物語は、いくつもの戦いを経て、精神的に成長したバロットのウフコックに対する決意によって締めくくられます。

──あなたは……あなたがいなくても私一人でできることを増やしてくれる。(中略)だから私、あなたを使いたい。あなたと私にとって有意義に。二度と、あなたを裏切らない。(324頁)

 徐々に深化していくバロットとウフコックのコンビネーション。そこには大きな希望が宿っています。

 そして、これに対するウフコックの返しが、ハードボイルドで素敵です。(324頁)

俺は、良い相棒に巡り合えた