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冲方丁「マルドゥック・スクランブル 排気[完全版]」─ルーン・バロット・"フェニックス"

作品情報

本作は、マルドゥック・スクランブルの完全改稿版です。冲方丁さんのマルドゥックシリーズの第1シリーズですね。

※第2巻燃焼の感想はこちら。 spaceplace.hatenablog.jp

評価

☆☆☆☆☆(最高評価は☆5つ)

※以下は作品のネタバレを含むので、注意してください。

ネタバレ感想

VSマーロウ

 本作最初の戦いは、マーロウとのブラックジャックです。ブラックジャックでの戦いは、基礎的な戦術から高度な戦術へと徐々に移行していくので、読者としても非常に分かりやすいですよね。

 この戦いの最中でも、バロットとウフコックの関係性は深化していきます。

──このディーラーの人、ただカードをかき混ぜてるんじゃない。模様を作ってる。(中略)
──どんな模様を作るかくらいは考えてると思う。私、それが何かわかる気がする。(中略)
『よし。俺は数値と臭いで読む。君は君自身の感覚で読むんだ。相手の意図と、もし本当に可能なら、カードの順番を。(後略)』(21頁)

 ウフコックの力に頼り切りになる訳ではない。また、バロットの力だけで戦うのでもない。お互いの理性・感覚を合わせたコンビネーションが強化されていきます。

 それは、例えばこのシーンにも表れています。

──この人、10のカードを最後の方に入れようとしている。(中略) 『何枚入れるかわかるか?』 ──三十二枚。全部、10のカード。(35頁)

 そして、10のカードがどこに集まっているか感覚したバロットの力で、対マーロウ戦に勝利を収めるのです。

 当初に読んだときは、10のカードをまとめて入れるなんて、プレイヤーからも疑われるしマーロウは思慮が浅いのかなとも思いました。

 ただ、よくよく読んでみると、マーロウはバロットたちがカウンティングしていると疑っており、様々なバロットたちの術策によって冷静さを欠いていたのですから、不安定な精神状況のもとついつい不合理な行動をとってしまった、という形のようにも思えますね。

 その後も精神的に痛めつけられたマーロウ。そんな状態で勝てるわけもなく、結局ずるずるとバロットたちに敗れてしまうのでした。

 ちょっとマーロウがかわいそうになる一幕でした。自分がゆるぎない自信を持っているポーカーで、それが跡形もなく崩され、大敗を喫したのですから。バロットたちは、突然カジノを襲うギャングのように、あるいはそれ以上にたちが悪かったでしょうね。マーロウにしてみれば。

 まあ、ディーラーを交代するよう指示があったのに、それを無視して勝負に負けた以上、仕方がないのですけれど。

VSアシュレイ

 読んでいて思うのが、アシュレイ強すぎるだろうということです。ブラックジャックで、ひたすら引き分けを連続させるのが本当に可能なのか、あるいは特定の相手だけを負けさせるのは本当に可能なのか、ということが疑いたくなるぐらいですね。

 ただ、全てのカードを任意の順番で並べ替えられるということならば(77頁)、あり得そうな話ではあります。ポーカーは、厳密なルールにのっとって行われるわけですから。特に、相手が最適戦略にのっとっているのであるならば、カードを抜くまでもなく勝てそうな感じはあります。

 実際、アシュレイは以下のように述べています。

あんたがたの戦略は、どうやらきわめて正確だ。こちらも余計なことを考えなくて済む。(74頁)

 また、最適戦略を外れ無駄にヒットをしたところで、バストになればそれ以上カードを引けない訳ですから、多くても数枚のずれが生じるにすぎません。山札からカードを抜けるのであれば、相手に勝たせないカードの並びというのは存在するように思えます。

 このような強敵マーロウに対して、バロットとウフコックのコンビネーションは、読者の理解の範疇を越えるところまで高まっていきます。

 感覚が、理性に基づく計算に意味合いを与える。部外者からは、もはや「数字とアルファベットのごたまぜの渦」(114頁)としかとらえられません。

 それがもたらしたもの。

ウフコックとのこれまでにない一体感を味わった。守り守られるという関係ではなく。お互いのリードとフォローとが織りなす一体感を。(115頁)

 このコンビネーションとアシュレイとの戦いは、もはや何が何だか分かりませんね。

「次のカードを、私が楽しみにしている理由がわかるかね?」 (中略) ≪キングが来たら負けるかも。特にスペードが。せっかく叩き折ったのが無駄になるから。≫(121頁)

 もはや、前半マーロウを攪乱させた支離滅裂な発言と同じように聞こえてきます。

 例えば、マーロウ戦では以下のようにバロットは発言しています。

≪スペードは邪魔するけど、クラブと仲がいいから、ハートに賭けるべきだと思ったの≫(27頁)

 対して、アシュレイ戦では、バロットはこのように発言しています。

──クラブのスーツに賭けてみたい。私の味方になってくれるように。(124頁)

 前者が不合理な目くらまし、後者が合理的な戦術です。もうどちらがどちらか分かりません。

 そして、バロットはこのクラブのスーツによってアシュレイに一度勝利するのです。

 しかしながら、勝負はまだまだこれから。バロットは、自分自身の戦いを、自分自身の選択で戦い続けます。

 そして最後に現れたのは、7と7。ステイ・ヒット・スピリット・ダブルダウン・サレンダーの5つの全てが可能な手札です。これまで数多くの選択をしてきた、本作のカジノシーンを象徴するかのようですね。

 そして、最後にたどり着いたのはイーブンマネーという選択。金のためではなく、自分自身のために戦うと言う、今回の戦いを象徴していて、すごく格好よかったです。

唯一の正解に辿り着き、"天国への階段"の最後の一段を踏み越えた。宙に躍り出て、それまでに存在しなかった自分だけの階段を踏んでいた。踏むまでそこにあることすらわからなかった階段を。(148頁)

 金や名誉などではなく、自分の事件を解決すること、自分の人生を生きることこそが、バロットにとっての"天国への階段"を上がる方法だったのだと、本シーンを読んでいて思いました。

VSシェル

 シェルとのブラックジャックは、戦いというよりもむしろ、シェルと言う焦げ付きを解消するために必要なプロセスだったように感じましたね。ブラックジャックで、相手を破滅させる力があるにも関わらず、あえてその力を行使せず、相手に自分の力の絶望感だけを味わせて華麗に立ち去る。このシーンを読んで、バロットはだいぶ大人になったように感じました。

 そんなシェル自身も、大きな焦げ付きを抱えていたことが分かったのが本作でしたね。バロットも、憎しみに囚われていたままであれば、そのような焦げ付きを再生産する側に立っていたのでしょうね。

 そんなシェルが新たに女の子を殺したことで、またバロットは深い憎しみに囚われます。しかし、今度は、ウフコックの助けもあって踏みとどまります。そして、博打屋としてのシェルを終わらせた上で記憶をもとに戻すのです。

 右手の指を全て破壊する必要があったのかは分かりませんが、武器を捨てて投降を呼びかけたにもかかわらず、攻撃したことによる正当防衛、ということなのでしょうね。そして、記憶をもとに戻し、シェルによる将来の殺人を防いだところで、バロットの事件は終わったのでしょう。

 それにしても、バロットが自分もシェルも鏡写しの自分を見ていたにすぎないと気づいたシーンが切なかったですね(255頁)。でも、それに気づけたということは、今度は誰かを心のそこから愛せるようになるということを表しているように思えました。

VSボイルド

 ボイルドとの戦いの前、バロットはウフコックに対し、「殺さない。殺されたりしない。殺させもしない。」という決意を述べます(259頁)。何度も手ひどくやられている相手に対して、そのように考えることのできる勇気。怯えるだけのバロットは、もうそこにはいません。

 そして、襲ってくるボイルドとの絶望の中で、バロットは再び生き返ります(277頁)。今度は、明確な生きる意志を持って。ただの生存本能でもなければ、誰かに八つ当たりするために生きるのでもない。希望のために、バロットは再び蘇ります。そして、バロットはボイルドという虚無を制圧したかのように思えました。

 しかし、それでは終わらないボイルド。それに結末をつけたのはウフコックでした。「殺さない。殺されたりしない。殺させもしない。」というバロットの誓いを守るために、自ら旧友を殺したのです。マルドゥック・ヴェロシティを読んだ後にこのシーンを読んで、すごく切なくなりました。パートナーを失う悲しさを思い出して。

 戦いが終わり、心から傷ついたウフコックを抱くバロット。ウフコックに気遣われていたばかりのバロットは、最後にして、ウフコックを支えてあげられるようになります。(297頁)

一緒に泣きましょう、ウフコック。悲しい気持ちが少しでも消えるように。

 都市の最下層に居た少女は、何度も蘇り、"天国への階段"を乗り越えて、誰よりも大事な存在を支えられる強さと優しさを得ることができたのでした。