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小川一水「天冥の標VI 宿怨 part1」─物語を転回させる奇跡の果実

作品情報

天冥の標6 宿怨 PART1 (ハヤカワ文庫JA)

天冥の標6 宿怨 PART1 (ハヤカワ文庫JA)

天冥の標第6巻は、part1からpart3まであります。

※第五巻、「天冥の標V 羊と猿と百掬の銀河」の感想はこちら。
小川一水「天冥の標V 羊と猿と百掬の銀河」─ダダーのノルルスカイン、活躍する - 本やら映画やらなんやらの感想置き場

評価

☆☆☆☆(最高評価は☆5つ)
※以下は本作のネタバレを含むので、注意してください。

ネタバレ感想

 僕が一番好きなSFシリーズで、すでに日本のSFを代表する作品群であるとの評価もある天冥の標。今回は、その第6巻である「宿怨」Part 1の感想を書いていきます。

 さて、天冥の標は第6巻に入り、物語は転換点に入りつつあります。その中のpart 1ということで、本作では色々な対立の伏線が張られていましたね。

 MHD社がアウトブレイクの対応のために奔走し、救世群が冥王班の原種を手に入れて散布する計画を進める。<<酸素いらず>>達は太陽系外の探査の計画を推し進める。物語の終盤では、前巻で活躍したダダーのノルルスカインのストリームはあっさりと殺され、<<穏健なる者>>たちが登場する。

 これらの伏線が、以降のpartでどう回収されるのか。それが楽しみになる一冊でした。本作は、続刊で飛躍するための助走としての一冊なので、今までの巻と比較すれば、お話自体は全然収束していませんけれど、次巻からどうなるかが楽しみになる一冊ですね。

救世群の非染者に対する恨みについて

 救世群の恨みは、2巻から継続して大きくなり続けていました。そして、本作でも、救世群はかなりひどい状況に追い込まれています。

 窮乏し、住む場所や酸素さえ満足に確保できない(本作208-209頁)。外部者のロサリオをして、「後半の二百年は単なる余命だった」と言わせるくらい、のっぴきならない状況に陥っています。

 その後半の二百年をなんとかするために行われたのが、千茅の言行録の改ざんです(340-341頁)。その改ざんは、「冥王班患者が外の人間に非染者のレッテルを貼って、見下して、結束するように」行われ、救世群の非染者への恨みはより一層募っていきました。

 そして、改ざん者の狙い通り、その恨みによって救世群の社会は何とか保ってこれたのです。これは、非染者と共に暮らしていた千茅を描いた言行録の原典を、皆に見せようとしたイサリに言った、スキットルの以下の言葉からも明らかです。

みんなの世界はもう固まっちまってるんだ。この原典は、その世界をぶち壊すハンマーだ。みんなの社会を壊し、心を壊し、大勢を不幸にしちまうよ(343頁)

 もはや、救世群にとって、非染者への恨みこそが生きるための寄る辺であり、アイデンティティーの一角を担うようになっているのです。

 そして、この恨みが、今作でその一端が明かされた救世群の計画を駆動していくことになるのです。

 初読したときには、なぜここまでやらねばならないのかと思ったものです。二巻でその恐ろしさを知った、冥王班の原種を散布するなんて。曲がりなりにも500年の間、救世群は生き延びてきたのですから、このようなテロ行為を行わなくても良いように思っていました。

 しかし、上記のような社会の状況や救世群の恨みを改めて踏まえると......もはや、救世群にとって、自らが滅亡するか、それとも滅亡を防ぐための賭けに出るかのどちらかしかなかったかのように思えます。その状況に救世群を追い込んだのは、間違いなく、非冥王班患者の差別です。

 ここまで来ると、どうやったら救世群を救えるのか、分からなくなってきました。救世群が恨み続ければ和解できず、救世群が恨むのをやめれば救世群の社会が崩壊する。もはや、何も打つ手がないように思えます。

 ただただ、読んでいて悲しくなりました。

イサリの価値観の変化

 さて、今作で何よりも嬉しいのが、ついにイサリが再登場することです。初読のときは、カドムとイサリが出会ったのが2803年、本作が2499年だったので、まさかイサリが出てくると思わず、衝撃を受けたものです。そして、イサリが救世群の単なる女の子にしか過ぎなかったことも。

 そして、イサリと対になるミヒルも、普通の女の子であったことにもびっくりしました。第1巻では、あんなに恐ろしい存在だったのに。

 この当時のこれらイサリとミヒルは、子供らしく喧嘩することも多々ありますが、仲の良い姉妹でした。この姉妹が、なぜ第1巻では袂を分かっていたのか。その理由の一端は、今作で明らかになります。

 本作において、当初は同じだったイサリとミヒルの価値観は徐々に分かたれていきます。物語の序盤、イサリとミヒルは、ほかの救世群の人々と同様、非染者が敵だと言う認識を共有しています。それが表れているのが、最初にイサリが登場するシーンです。

非染者だ。
巫儀たちの教えが頭に浮かび、かっと敵意が湧いた。非染者に気を許すな、非染者は冷酷な者たちだ。(13頁)

 しかし、イサリは、ミヒルと異なり、非染者を敵と考えることに悩むようになります。それが顕著に表れたのが、非染者に対し冥王班の病原菌をばらまく計画とミヒルについて、イサリが考えているシーンです。

でも、悪くない非染者のことを考えると......。
イサリは顔を曇らせる。彼らの事を思う気持ちは、時間が経つにつれて、薄まるどころかますます強く、複雑なものになっていた。(中略)
あの子がうらやましい!アインたちにあっていない、何も悩まなくていいあの子が!(247-248頁)

 このように、イサリとミヒルの価値観が異なり始めた決定的なきっかけが、イサリとアイネイア・セアキが出会ったことでした。

イサリとアイネイアたちの出会い

 本作の序盤、アイネイア・セアキとその仲間たちは、イサリが救世群であることを踏まえた上で、なおイサリと共にキャンプをすることを決断します。自らや仲間が冥王班に感染し、死ぬかもしれないというリスクを踏まえた上で。

 それでもなお、彼らは、イサリの願いを叶えるために、ともに過ごすことを決めたのです。

 かっこいいですよね。このように決断した彼らの勇気に感服しました。そして、1人も冥王班患者を出すことなく、イサリの願いを叶えたところも。

 そして、アイネイアと仲間たちの決断の動機にも感動しました。ロサリオは言います。

彼らがそんなことをした理由はひとつしかない。善意です。恐ろしく強固な。限りなく無私の。(中略)アイネイア・セアキはただ一度のキャンプ旅行をあなたにプレゼントしようと決めたんでしょう。(104頁)

 善意で、ここまでのことができるのかと。何のメリットもなく、死のリスクさえあったのにも関わらず、アイネイアたちはイサリを助けたのです。自分がその状況に居たとして、絶対にそのような決断はできなかったと思います。

 そして、その無私な行為が、イサリの価値観を決定的に変えることになるのです。

物語を転回させる奇跡の果実

 話は変わりますが、今後に大きく関わっていく、イサリとアイネイアとの出会いを生み出したのは、リンゴでした。

 そもそも、イサリが脱走してアイネイアと出会ったのも、イサリがリンゴを食べたかったからです。そして、アイネイアがイサリと旅することを決めたきっかけも、このリンゴでした。  

「食べたかったんだけどなあ、リンゴ。きっと最後のチャンスだし……」
「最後?」 「うん、たぶん二度と来られないから」(中略) アイネイアの表情が微妙に変わったような気がした。(32頁)

「 星のリンゴ。奇跡の果実。」(97頁)

 前巻でタックが生み出したこの奇跡の果実が、イサリとアイネイアの運命的な出会いをもたらし、これにより物語は大きく転回していくことになるのです。

Part 2の感想:
小川一水「天冥の標VI 宿怨 part 2」─業の償還の始まり - 本やら映画やらなんやらの感想置き場

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