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小川一水「老ヴォールの惑星」感想─懸命に生きる。

作品情報

 本書は、4つの中編からなる作品集です。表題作は、SFマガジン読者賞に選ばれています。また、「漂った男」は第37回星雲賞日本短編部門を受賞しました。

評価

☆☆☆☆☆(最高評価は☆5つ)
※以下は本作のネタバレを含むので、注意してください。

ネタバレ感想

 本作は、僕が一番大好きなSF作家による、一番大好きな中編集です。どの作品も抜群に面白くて、本作と比べてしまうと、世の大多数の書籍が色褪せてしまいます。

ギャルナフカの迷宮

 小川一水さんは、SF作家という印象が強いので、最初に本作品を読んだ時にはちょっと不思議に思いました。まあ、作品の面白さに比べれば、そんなのは瑣末な問題です。

 物語の舞台は迷宮。生存のために争う受刑者たち。そんな中、少しずつコミュニティを広げていく主人公。本作の設定を読んだ時、天才かと思いました。まさに自然状態にある受刑者たちが、徐々に社会を、法を作り出していくのです。

 主人公のテーオが、野生のように生きていく受刑者たちの中で、人間らしい社会を作るという確固たる意思の下に懸命に生きていく姿が格好良いですよね。どこまでも慈悲深く周りを導いていく、理想的なリーダーですね。

 そんなテーオでも、迷宮から出る手がかりを聞かされた時に、それを周りに伝えるかどうか迷ったのが、すごく人間的であると思うと共に、テーオが迷宮で過ごした長い時間を感じさせました。住めば都ということなのかは分かりませんが、自分があんなに望んでいた外の暮らしであっても、今の暮らしが崩れることを恐れてしまう。そんな、悠遠な時の恐ろしさを感じさせましたね。

 そういう状況でも、外に出ることを決断するのが、テーオが優れたリーダーたる由縁なのでしょう。

 外に出てから、テーオたちがどうなったのかは分かりません。ですが、迷宮という劣悪な環境でもうまくやってきたテーオたちなら、どこに行っても幸せな社会を作れるでしょう。非常に幸福に満ちた終わりで、爽やかな読了感でした。

老ヴォールの惑星

 惑星サラーハにいる生命たち。そんな不思議な彼らの日々を描いた本編は繊細な物語でした。

 昔から、小川一水さんは、地球外生命体を描くのが上手な作家だと思っています。本作も例外ではなく、主人公たるフライヤたちも、変わった形をしていたり、自己生存本能がそれほどなかったり、死よりも知識と経験を周りに伝えられないことを悲しんだりと、ちょっぴり変わった生命体の生き様を鮮やかに描き出しています。

 ヴォールが伝えた他のサラーハがあるという思想を、フライヤたちが受け継いでいく。種族の死が免れられないことを理解しながらも、最後まで足掻く。皆を巻き込んで、知識と経験を伝えるために懸命に生きていく。儚くも美しい物語ですね。

 そんな儚さ、美しさが一番現れていたのは、同類を亡くしたテトラントによる、最後の一文であったと感じました。(164頁)

ヴォール、あなたはもう一人じゃないよ。

幸せになる箱庭

 もしもこの世がシミュレーションされた世界で、誰もが幸せになれるとしたら。そんな世界は理想の世界と言えるのだろうか。そんなことを考えさせられるのが、本作でしたね。

 本作を読んで考えたのが、この結末で良かったのかということです。どうせシミュレーションされた世界であるならば、クインビーに「非の打ち所のない幸福な人生」を願った方が、「幸せ」になれて良いような気がしますよね。

 ただ、この「幸せ」というやつは、あったら絶対良いというような、そんな単純なものではないような気がします。そもそも、単純に「幸せ」になりたいだけなら、シミュレーションされた世界どうこうより前に、ドラッグでもやった方がよっぽど早いはずです。実際に幸せな事があった時と、ドラッグをやった時とで、「幸せ」と感じるという意味では、一緒ですからね。

 しかしながら、大多数の人はこの結論に反対するかと思います。ドラッグが有害だからという点を脇においても、実際に幸せな事がないのにも関わらず、脳だけがハッピーと感じるのは、どことなく違和感を感じますよね。

 そんなお手軽に「幸せ」になることへの違和感と、シミュレーションによる「幸せ」な人生への拒否感は、どことなく重なる部分があると思います。結局、脳の働きとしては一緒でも、虚構の幸せなんていらない。そんな考え方が、両者に共通しているような気がしましたね。

 そういう意味で、高見とエリカは、「幸せ」な人生は送れないかもしれないけれど、少なくとも自分たちが納得できる人生は送れる、そういった結末だったように思えます。

 「幸せ」と「納得」。どちらを選ぶのが良いかは分かりませんが、先ほどのドラッグの例とパラレルに考えれば、「納得」を優先することも、十分合理的で良い結末だったのではないかと思いました。

 それこそが、高見とエリカにとって、「本当に生きる」ことだったのでしょうね。

漂った男

 本書の中で一番異色な作品が、「漂った男」でしょう。遭難し、救助は難しい状況ながら、生きていくことはできる。日々にやることもなく、幻聴を聞きながらも日々生きていく。そんな男の物語なんて、聞いたこともありません。

 最初は皆構ってくれるけれど、徐々に関心を失っていき、一人また一人と話相手が消えていく。非常に残酷ですが、リアルな物語だと思いました。

 仮に僕の親友が、「漂った男」になったとして、10年間ずっと連絡を取り続けられる自信はありません。遠く離れた場所に居て、会うこともできそうにない。会話をすることはできるけれど、相手の状況はまったく変わりがない。おまけに、精神が少しずつ病んでいく。筆まめでもなんでもない僕が、そのような人と連絡を取り続けるかと言うと、それは難しいことのような気がします。

 しかし、世の中には、そんな僕のような人ばかりではないというのが、救いですよね。物語で言えば中尉ですし、現実世界でも昏睡状態という、別の惑星よりも遠い場所に行った人々の帰りを待ってくれている人は一定数いるでしょう。実際、夫が昏睡状態から回復するのを20年弱待っていた女性もいるわけですし。*1本作を読んで、そんな慈しみと忍耐を持った人物になれたらなと思いました。

 話は変わりますが、最後のシーンは非常に感動的でした。最後の時まで待っていてくれた中尉のために、タテルマは必死に努力します。怠惰な生よりも、中尉との友情のために、懸命に生きようとする姿に心打たれました。

まとめ

 初読時は、本書にはバラバラなテーマの中編が集まっているなと印象を抱いていました。しかし、改めて読み返すと、どの中編も「生きる」というのがテーマだったように思いました。人間だろうが異星人だろうが、リアルな世界だろうがシミュレーションされた世界だろうが、生きる意味があろうがなかろうが、懸命に生きる。

 そんな懸命に生きることの素晴らしさが本書にはあふれていると感じました。

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