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本やら映画やらなんやらの感想置き場

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写真とやる気と見知らぬおじさんと

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 僕は写真を撮ることが好きだ。旅行やイベントがあれば必ずカメラを持っていく。旅行やイベントがなくともカメラ片手に写真を撮りに行く。本棚の一角は写真集や写真の撮り方の本で埋まっていて、時折それらを眺めたりする。

 そんな僕でも、写真を撮った後の現像作業は、時折面倒になる時がある。何百枚も何百枚も未編集の画像が入ったカメラを手に持ちながら、これらの写真を現像するのに何時間かかるのだろうと、しり込みする時がある。どうしても、やる気が湧かない時がある。

 そんな時に思い出すのが、ある展望台で出会った名前もしらないおじさんである。

 その日、僕は展望台で夜景を取っていた。カップルや友達同士が景色を眺めている展望台の中で、僕は写真を撮っていた。構図を変えてパチリ。シャッタースピードを変えてパチリ。F値を変えてパチリ。撮った写真を確認しながら、一枚一枚、カメラの中に写真を積み重ねていく。

 しばらく経って、撮りたい写真をあらかた撮り終えて、僕はカメラをカバンの中にしまい、帰りの準備を始めた。

 ふと視線に気づいて見上げると、見知らぬおじさんと目があった。

 僕は目が合った気まずさをごまかすために、おじさんに「こんばんは」と声をかける。大人しそうなおじさんも小さな声で「こんばんは」と答える。

 おじさんの髪にはぽつりぽつりと白髪が生えていて、僕の頭の中に初老という言葉が浮かぶ。近くの机には、おじさんの小さなコンデジがあった。おじさんの手には、このカメラで撮ったであろう写真の小さなプリントが握られていた。

 おじさんは、写真に向けられた僕の視線に気づくと、おどおどしながら手に持った写真を僕に差し出して言った。「この写真、いりませんか」と。「いらないなら大丈夫ですけど」と小声で続けるおじさんを見て、ここで断るのもかわいそうだと思い、「ありがとうございます」と言って僕は写真を受け取る。

 薄いビニールに包まれていたのは、二枚の写真。1つはタワーと赤い月の写真。もう1つは、宙に浮かぶビルの写真。上手という訳ではないけれど、どことなく魅力的な写真だった。

「綺麗な写真ですね。あなたが撮ったのですか?」と僕は問う。おじさんは、褒められたことがほとんどないのか、気恥ずかしそうに「そうです」と答える。僕らの間に、静寂が訪れる。

 僕は近くの机を見る。カメラのそばには、僕がもらったのと同じ、写真の入ったビニールがいくつもいくつも積み重なっていた。

 沈黙が辛くなり、僕は写真をカメラバッグにしまうと、「写真、ありがとうございました。さようなら」とおじさんに言ってその場から立ち去る。おじさんも、「さよなら」と小さく返す。

 展望台を出て、自転車で家に帰りながら、あのおじさんは何だったのだろうと僕は考える。あまり明るい性格ではなさそうで、見知らぬ人に話かけるのは得意ではなさそうだった。でも、おじさんは、配る誰かがいるわけでもないのに、たくさんのビニール入りの写真を持っていた。

 しばらく考えていると、ふと僕の中で一本の線がつながった。おそらく、こういうことなのではないだろうか。

 おじさんは、写真を撮ることが好きだけれど、自分の写真を見せる特定の誰かがいるわけでもない。自分の写真を見て、褒めてくれる人もいない。だから褒められ慣れてもいない。

 それでも、おじさんは自分の回心の写真を、誰かに見てもらいたくなる。見知らぬ他人に話しかけるのは苦手だけれど、それでも、どうしても写真を見てもらいたくなる。だから、誰かに配って見てもらおうとして、プリントした写真を一枚一枚、ビニールに入れていく。写真を見てもらえるだろうかという、たくさんの不安と、ちょっぴりの期待を抱きながら。

 意を決して、展望台に行く。でも、もともと明るいタイプではないおじさんは、写真を渡したいと思っても、なかなか他人に話しかけられなかった。そこで、僕に出会った。

 こう考えれば、おどおどして褒められていない見知らぬおじさんが、僕に写真を手渡してきたのも筋が通る。今となっては、これを確かめる術はもうないのだけれど。

 僕のカメラバッグの中には、おじさんからもらった写真が未だに入っている。時折、カバンから取り出してそれを眺める。そして、その写真から僕は感じるのだ。

 誰にも見てもらえなくとも撮り続ける、おじさんの写真に対する真摯な思いと、僕の写真を見てくれる人がいるありがたさと。

 そして、僕の中に、やる気が満ちていくのだ。