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小川一水「天冥の標V 羊と猿と百掬の銀河」─ダダーのノルルスカイン、活躍する

作品情報

※第四巻、「機械じかけの子息たち」の感想はこちら。
小川一水「天冥の標IV 機械じかけの子息たち」 - 本やら映画やらなんやらの感想置き場

評価

☆☆☆☆(最高評価は☆5つ)
※以下は本作のネタバレを含むので、注意してください。

ネタバレ感想

 僕が一番好きなSFシリーズで、すでに日本のSFを代表する作品群であるとの評価もある天冥の標。今回は、その第5巻である「羊と猿と百掬の銀河」の感想を書いていきます。

 本作は、タックの物語であるとともに、ダダーのノルルスカインが活躍した物語でもありましたね。では、まずダダーのノルルスカインの物語について見ていきます。

ダダーのノルルスカインの物語

 本作は、ダダーのノルルスカインの誕生を描いた物語でもありました。てっきり、ダダーのノルルスカインはPCみたいなハードウェアから誕生したのかと思っていましたが、初読の時はサンゴ星人から生まれたと知って驚きました。

 ただ、本作を読んで、そのような生命が誕生し得ることは非常にあり得そうだな、と思いました。個々のサンゴ星人がニューロンとなって情報を交換する。その情報交換方法は、餌であったり石であったり、チューブであったり。そして、その構造こそが意識を生み出すと。ニューロンの結線が増える(サンゴ星人がチューブを使って情報交換をする)と、思考がクリアになるというのも、人間の脳の構造とパラレルであるように思えます。

 脳がどうやって意識というものを生み出すかは良く分かっていませんが、脳と似ている構造であるサンゴ星人の組織であったら、なんとなく意識が生じるのではないかと思ってしまいますよね。

 また、生まれたり死んだりするサンゴ星人の下で意識を維持しているという出自が、ノルルスカインの主意識流と副意識流を分離し統合することのできる能力を、しっかりと裏付けています。本当に、よくこんな設定を思いついたものです。初めて知ったときは斬新だけれど、巻を重ねるごとにどんどん慣れてきて、合理的な存在のように思えてきます。

 さて、本作では、ダダーのノルルスカイン以外にもオムニフロラとミスチフといった重要存在が出てきます。前巻までのイメージで、両者は悪だと思っていたのですが、ミスチフはただのいたずらっ子として登場してきたので驚きました。そのミスチフは、オムニフロラの介入により邪悪な存在へと変貌します。

 いや、邪悪という表現が適切なのかは分かりません。あくまでオムニフロラは、拡大を続ける植物にすぎませんでした。そして、他の生物を積極的に滅ぼそうとしているというよりも、拡大する己が滅ぼされないよう行動しているにすぎないようにも思えるのです。

 何しろ、オムニフロラには「悪意がな」く、「侵略や略奪の意図」もないのです(265頁)。それに、敵対する種も滅ぼすのではなく、自己の管理下におき、他の惑星にも連れて行きます。種の目的が存在の継続と拡散であるならば、オムニフロラの行動は正義となります 。

 しかし、種の存続よりも個人の生存を重要視する場合、目的のために個人を犠牲にすることを厭わないオムニフロラは断固たる敵となります。*1そして、ダダーのノルルスカインは、オムニフロラを倒すために、悠久の時を戦い続けるのです。

 その一端が表れていたのが、本書の一節です。

ミスチフが食われてからの最初の一千万年は、オムニフロラを押しとどめるために戦った。
次の一千万年は、仲間たちを守り、保ち、逃がすために戦った。
次の一千万年は、逃げることすらできない仲間たちと、ともに死ぬために戦った。(312頁)

 時間としてのスケールも桁違いですが、ダダーのノルルスカインは複数の場所に展開できる以上、場所的なスケールも桁違いです。しかも、その戦いは優位に進められるものではなくて、徐々に苦戦を強いられるようになり、最終的には死ぬために戦うことしかできなくなります。第1巻でダダーのノルルスカインと出会った時には、何を考えているか分からないひねくれた奴だなと思っていましたが、こんな過去を持っていればひねくれて当然だと思いました。

 本作はダダーのノルルスカインについて知れただけでなく、その深い悲しみと絶望にも触れることができて、とても印象的でした。

タック・ヴァンディの物語

 次に、タック・ヴァンディの物語について書いていきます。まあ、この物語は、後述するようにダダーのノルルスカインの物語でもあるのですが。

 本作を読んで、今回は食という人間の生存に欠かせないものを取り扱うつもりなんだなと気づきました。ちょうど、第4巻で性愛について取り扱ったように。

 タックの農場の描写の緻密さには唸らされました。自動化が進み簡単に農作物を生産するという、一般的な未来の農業のイメージではありません。むしろ、人の手が欠かせず、経営が厳しいため不具合のある設備をすぐに修理することもできず、苦労しながら農作物を育てる。肥料も糞尿を使う。単なる「未来の農業」よりもずっと現実的な農業が描かれていたように思えます。

 そして、タックの物語において、農業とは別の大きなテーマだったのが、タックとザリーカの親子関係です。タックに対するザリーカの描写を見ていて、絵にかいたような反抗期だなと、自分の反抗期を思い出して苦笑しつつ、物語を読んだものです。

 そして、物語の途中で明かされた、ザリーカはイシスのクローンだったのかという点が、今作で一番びっくりしました。前作で、突如ウルヴァーノの名前が出てきたのと同様の衝撃でした。ただ、イシスのクローンだから悪役という訳ではなく、単なる女の子で、やっぱり遺伝と性格って全然別だよなと納得しました。

 そして、本書を読んでいて何よりも良い話だなと思ったのは、タックとザリーカが物語の終盤で和解したことではなく、ザリーカがタックに対して反抗期でいられたことそのものです。そもそも、ちゃんとした親ではないと思っている相手に、思いっきり反抗することはできません。他の描写も含めて考えると、なんだかんだでタックとザリーカは深い愛情で結ばれているのだなと感じ、心が温かくなりました。

 そして、本編において、タックとザリーカに続く第三の重要人物がアニーでした。そして、最後まで読んで、アニーの中にダダーのノルルスカインが展開していることに気づいて、ダダーのノルルスカイン、こっちの物語にも登場するのかよと心の中で突っ込みを入れました。

 そもそも、伏線はいくつかありました。アニーがやけに知識を欲するところとか(68頁)、どうなってもいいと考えているところとか(74頁)、アニーが羊の脳症に罹患したこととか(334頁)。それを踏まえて考えると、人間であるタックの告白を受けたアニーが、楽しげだったこと(322頁)も、なにか違った意味合いを持ちそうですね。

 そして、物語の終盤で、絶望を陥ったタックを救ったのはアニーでした。明星がうまく育つようになったのも、アニーが何らかの形で介入したからでしょうね。

 以上を踏まえて本書を一言でまとめてみると、まさに「ダダーのノルルスカイン、活躍する」というお話だったと感じました。

次巻の感想:
小川一水「天冥の標VI 宿怨 part1」─物語を転回させる奇跡の果実 - 本やら映画やらなんやらの感想置き場

※当ブログの天冥の標の感想一覧はこちら 小川一水「天冥の標」感想記事まとめ - 本やら映画やらなんやらの感想置き場

*1:ここの部分の対立構造をみて、時砂の王における、個人を大事にするオーヴィルと大局を大事にする統括知生体のカッティ・サークを思い出しました。詳細は、以下の記事を参照。spaceplace.hatenablog.jp