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草野原々「最後にして最初のアイドル」感想

作品情報

最後にして最初のアイドル (ハヤカワ文庫JA)

最後にして最初のアイドル (ハヤカワ文庫JA)

 本作は、表題作以外にも2作作品が収められています。 表題作は第48回星雲賞日本短編部門を受賞した作品で、いかに話題になったかは、以下の対談でまとめられています。

宮本「しかしまぁ、この受賞はウェブ上でスゴい話題になったね。すぐTogetterまとめになってhttp://togetter.com/li/1027709、俺的ゲーム速報で記事にされたりhttp://jin115.com/archives/52148189.htmlウレぴあ総研の記事になって拡散したりhttp://ure.pia.co.jp/articles/-/63537、さらには中国語でも話題になった。『最后也是最初的矢泽』、『最后也是最初的偶像』で調べると出てくるhttp://www.anitama.cn/article/348a26788f18fb7a。草野くんが名付けたジャンル名『実存主義ワイドスクリーン百合バロックプロレタリアートアイドルハードSF』まで、『大荧幕百合巴洛克无产阶级偶像硬科幻』って中国語に翻訳されて紹介されてるし(笑)http://www.acgdoge.net/archives/11367
伊藤計劃さんに対抗できる存在はラブライブ!さんしかない - 虐殺器官 など - シミルボン

 ネット上で日本から中国まで。相当な広がりようです。僕は、最初に受賞したとの話は聞いてびっくりしていましたが、本作の内容を見て納得しました。すごい作品でした。

 なお、本作のストーリーも風変りでしたが、作者もかなり独特な方みたいですね。

草野「鏡に向かって毎日語りかければ頭がおかしくなると聞いて、そのためにやっていた。自分で狂わなければ社会のほうに狂わされるからね。たぶん前者のほうが楽しいだろう。後者は苦しい」
読者参加型人生だ! - 心の科学と哲学 コネクショニズムの可能性 など - シミルボン

評価

☆☆☆☆(最高評価は☆5つ) ※以下は作品のネタバレを含むので、注意してください。

ネタバレ感想

 本記事では、「最後にして最初のアイドル」について感想を書いていきます。

本作のストーリーについて

 久しぶりにこれ位ぶっ飛んでる小説を読みました。本作は、坂道を下って大きな木にぶつかりながらも大きくなっていく雪玉みたいな作品で、読んでいてとても面白かったです。アイドルの登場と死、復活、地球制覇、宇宙制覇、宇宙群の制覇、過去未来の制覇。どこに話が着地するかも分からず、一気に全部読ませるだけの勢いを持った作品でした。

 このように、ストーリーがどこまでも変転していく感じは、草野さんが意識的に採用している手法みたいです。草野さんは、インタビューで以下のように語っています。

わたしも自分で書いていて退屈してきたらなんらかのアクションか、その場で考えたアイディアをぶち込む。わたしの書き方は基本的には足し算だ。大まかなストーリーラインに持っているアイディアをすべて投入する。これはワイドスクリーン・バロックというジャンルの手法である。
『最後にして最初のアイドル』草野原々、大いに語る|SF MAGAZINE RADAR|SFマガジン|cakes(ケイクス)

 本作で一番印象に残ったのは、結局<アイドル>と意識をめぐる話ってなんだったのか、ということです。そもそも、人間がどうやって意識するなんてことはまだ解明されていません。本書で言う「意識の存在の必要条件がアイドルの存在」というのも意味が良く分かりません。

 しかしながら、本作のこの点については考える意味もあんまりないのかなと感じました。というのも、本書の記述からだけでも、本書を書いている主体が多世界宇宙の意識ではなく草野さんだというように、読み得るからです。

 本書は、最初に「古月みかは架空のキャラクターにすぎない」と宣言しておきながら、本書の終盤で「古月みかに端を発する意識」と言っている点で、矛盾しています。

 この矛盾を解決する方法の1つは、古月みかは他の宇宙の存在であるから、我々にとっては「架空のキャラクター」と考えることです。しかしながら、作品の舞台が地球である以上、この解釈は否定されます。

 また、他世界解釈をとることにより、同じ地球ではあるが我々の宇宙では古月みかは存在せず、古月みかは架空のキャラクターである、と解釈することもできます。ただ、本作の世界では他世界解釈について一切言及がなされていない以上、このような解釈をとるのも難しいでしょう。

 するとどうなるのか。本書の記載からは「古月みか」が架空の存在であることは肯定せざるを得ず、その結果意識は古月みかが始原ではないことになります。そして、「あなた」に向けて文章を書いていたはずの「他世界の意識」─<アイドル>たる古月みかによって意識を持った─の存在自体が揺らぎはじめます。そうすると、「あなた」に向けて文章を書いている主体は、他世界宇宙の意識ではないと考えるのが合理的のように思われます。

 結局、本書の話は全てフィクションであり、誰か著者がいると考えるのが自然です。そして、その著者こそが草野さんです。

 そうやって、本書を読んでみると、「あなたは、アイドルにならなければならない」という草野さんからの熱いメッセージが聞こえてくるようです。

本作がラブライブ!の二次創作だった理由

 本書は、もともと、ラブライブ!の二次創作だったのを書き直した小説*1 らしいのですが、良くこんな怪作を書けたなと。最初に両親が離婚するあたりでなんとなく悪い予感がしてきましたが、そこから繰り返されるえげつないエピソードの数々。 なぜ、わざわざ二次創作としてこれを書こうと思ったのか。本作にアイドルを選んだ動機として、草野さんは、以下のように語っています。

ただ、アイドルを題材に選んだ理由として、現状のSF業界においては、他のメディアで圧倒的な人気を誇るアイドルものが少ないというのはあった。せいぜい初音ミクを起源とするアイドルロボットもので止まっている。これまでのSF界ではアイドルは客体であった。ラブライブアイカツ世代においてはアイドルは主体となる。そろそろアップデートの時間だろう
伊藤計劃さんに対抗できる存在はラブライブ!さんしかない - 虐殺器官 など - シミルボン

 このように、ニッチなところを狙ったとことが理由らしいです。ただ、インタビューを見ていると、本人がラブライブ等に強い執着心を感じさせるところがあること*2、また以下のように語っているところからすると、本人の好みと偶然の要素によるところも相当程度ありそうですね。

慶応SF研を出た後、作品を掲載する同人誌が身近になくて、書く動機付けを探していた。そんなときTwitterで『SF同人誌』と検索したら、『School Idol Fictionally』というラブライブ!のSF合同誌企画が現れたので、参加することを決断したわけだ。それまで二次創作はラブライブ!SSをひとつ書いた経験しか無かった
伊藤計劃さんに対抗できる存在はラブライブ!さんしかない - 虐殺器官 など - シミルボン

最後に

 長々と書きましたが、「重要な食料としての死体や瀕死の人間を集めて食うというアイドル活動」という、他では一生出会わないであろう文字列に遭遇できただけでも、本作を読めて良かったです。今のところ、今年一番印象に残った作品でした。