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村上春樹「職業としての小説家」

作品情報

職業としての小説家 (新潮文庫)

職業としての小説家 (新潮文庫)

 

評価

☆☆☆☆(最高評価は☆5つ)

 

作品紹介

 「職業としての小説家」は、私の好きな作家である村上春樹さんが、小説について書いたエッセイ集です。中身は全部で12回 に分割されており、前半6回が雑誌で連載されたもの、後の5つが書き下ろし、最後が講演原稿となっています。*1

 本書について、村上春樹さんはあとがきで以下のように述べています。

本書は結果的に「自伝的エッセイ」という扱いを受けることになりそうだが、もともとそうなることを意識して書いたわけではない。僕としては、自分が小説家としてどのような道を、どのような思いをもってこれまで歩んできたかを、できるだけ具象的に、実際的に書き留めておきたいと思っただけだ。とはいえもちろん、小説を書き続けるということは、とりもなおさず自己を表現し続けることであるのだから、書くという作業について語り出せば、どうしても自己というものについて語らないわけにはいかない。(本書343頁)

ということで、本書は、村上春樹さんが自己と小説家というものについて書いた様々なエッセイが収録されています。 

感想

 本作では、様々なトピックが書かれていてどれも面白いのですが、その中でも特に面白いと思ったのが、村上春樹さんが小説と、小説家という職業に関して抱いている思いです。

小説について

 村上春樹さんは、いたるところで小説を書くのは簡単だ、という風に書いているのが、僕にとっては新鮮でした。例えば、本書で以下のように述べています。

しかしながら、小説なら、文章が書けて(たいていの日本人には書けるでしょう)、ボールペンとノートが手元にあれば、そしてそれなりの作話能力があれば、専門的な訓練を受けなくても、とりあえずは書けてしまいます。というか、いちおう小説というかたちにはなってしまいます。(16頁)

いや、実際小説を書くことは非常に大変なのでしょうけれど、村上春樹さんがこのようにおっしゃると、小説を書くこと自体が何か簡単なことのように思えてしまうから不思議です。(なお、ここで言っているのは、単なる小説であって、優れた小説とは言っていないことに、注意が必要です。)

 村上春樹さんが小説を書き始めたきっかけも、このような主張と呼応します。以下は、村上春樹さんが野球を見に行って、ヤクルトのバッターが二塁打を打ったシーンからの引用です。

バットがボールに当たる小気味の良い音が神宮球場に響き渡りました。ぱらぱらというまばらな拍手がまわりから起こりました。僕はそのときに、何の脈略もなく根拠もなく、ふとこう思ったのです。「そうだ、僕にも小説が書けるかもしれない」と。(本書47頁)

 今まで、村上春樹さんみたいな優れた作家は、小さいころから自分は作家になるんだという強い意志を持って努力し続けてきたのだろう、という勝手な想像を抱いていたので、この一文に驚きました。こういう、ある種突然に舞い降りたきっかけによって、人は小説を書けるのか/書いていいのかと。

 それならば、自分がこの本をきっかけにお話を書いてもおかしくなかろう、と思ってショートショートと呼ばれる短いお話を書いてみたりもしましたが、非常に難しかったです。まず、そもそも何を書いたら良いか分からない。書くことが決まったとしても、具体的にどういう風に書いたら良いか分からない。一文書いてみても、次に何を書けば良いか分からなくなる。書き進めても、これが文章として正しいのか、話として面白いのか全然分からない。結局、最後は思い切りで解決して、「小説と言うかたちをした何か」を書くことはできました。

 実際に小説を書いてみると、小説を読んでいても、なんでこの描写を入れたんだろう、と一々考えるようになった自分に気づきました。新たな視点が、自分から湧いて出てきたみたいです。

 皆様も小説を書いたことがなければ、本作なり、あるいはもしかしたらこのブログをきっかけに、一度書いてみると楽しいのではないでしょうか。

小説家について

 私が書いた作品は、自分でも大したことのないと思うものでしたが、可能性としては、素人であっても優れた作品を書くことはできると、村上春樹さんは書いています。*2 しかし、それと小説家であるということは全く別だと、村上春樹さんは述べています。

二十年、三十年にもわたって職業的小説家として活躍し続け、あるいは生き延び、それぞれに一定数の読者を獲得している人たちには、小説家としての、何かしら優れた強い核のようなものが備わっているはずだと考えるからです。小説を書かずにはいられない内的なドライブ。長期間にわたる孤独な作業を支える強靭な忍耐力。それは小説家という職業人としての資質、資格と言ってしまっていいかもしれません。(30-31頁)

その「忍耐力」というものが、村上春樹さんにとっての小説家という概念の一つの中心となっているのでしょう。自己が小説を書くことについても、同様の価値観を持っているようです。

長編小説を書く場合、一日に四百字詰原稿用紙にして、十枚見当で原稿を書いていくことをルールとしています。(中略)だからタイムカードを押すみたいに、一日ほぼきっかり十枚書きます。(154頁) 

このように、原稿用紙10枚を、朝の5時間や6時間で書き上げるのが、村上春樹さんのルールみたいです。*3 それを続けるのは、まさに忍耐が必要とされることです。ちなみに、このような忍耐力、継続力のような話は、第7回で詳しく語られています。

 今までの自分のイメージですと、小説家というのはインスピレーションが湧いたら、昼夜を問わず原稿を書き続けるという印象だったので、こういうようにシステマチックに小説が書かれているんだと知って、新鮮でした。

 ただ、冷静になって考えてみると、これは特段変な話でもないのかもしれません。結局、小説であれブログであれ、どんな文章であっても、大量の字数を書くのは極めて大変です。そして、小説家という職業についている方であれば、一冊本を出せば終わりという訳ではなく、何冊も何冊も書き続けていく必要があります。それを考えれば、毎日継続して粛々と書き続ける小説家の方がいる、ということも当然なのかもしれませんね。

 本書では、これ以外にも村上春樹さんの小説や小説家にまつわる話を読むことができて、村上春樹さんの一介のファンとしては、非常に面白かったです。いつか、自分の専門分野について、こんなに面白いエッセイを書けるようになりたいものです。

職業としての小説家 (新潮文庫)

職業としての小説家 (新潮文庫)

 

*1:本書342-343頁

*2:本書16頁

*3:本書182-183頁