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オルダス・ハクスリー「すばらしい新世界」感想:ディストピアか、ユートピアか。

作品情報

評価

☆☆☆☆☆(最高評価は☆5つ)


※以下は本作のネタバレを含むので、注意してください。

ネタバレ感想

本書は、まごうごとなきディストピアである。生まれた時点から管理が始まっている世界。人々は飼い慣らされ、娯楽は制限される。神も芸術も存在しない世界で、人々は「呪うよりも服もう。早めのソーマ一グラムで人生楽々」(80頁)などと笑い合う。そんな中、野人は高らかに宣言する。「僕は不幸になる権利を要求する」(333頁)と。

本書を最初に読んで、最も私の興味を捉えたのはソーマである。作中のソーマは、飲めば誰でも幸せになり、後遺症が残ることもない。体に害のない完全無欠のドラッグであるソーマは、本書のディストピアの屋台骨の1つとなっている。

ソーマによる幸せ。それについて、多くの人は本当の幸福ではないと考えるだろう。しかし、その考えには大した根拠がある訳ではない。人間の幸せという感覚は、脳内の神経伝達物質や電流によって引き起こされる。それが薬によるものだろうと、例えば大志を成し遂げた結果により生じたものであろうと、トリガーが変わるだけで最終的に脳内の物質や電流が複雑な相互作用を起こすという結果は変わらない。また、同様のメカニズムによって幸せと感じる以上は、主観的にも何も変わらないだろう。

しかしながら、人間は薬物等で簡単に手に入る「幸せ」は本物の「幸せ」でないと切り捨て、また普通の幸せよりも努力のあとで手に入れた幸せの方がより価値が高いものと考えがちである。幸せを感じるメカニズムも、本人の主観も、同じ「幸せ」であったとしても、そこに真贋や優劣をつけたがる。それはなぜか。

それは、人間が他人の「幸せ」について、己の価値基準に基づいて勝手に「本物」だどうだと判断するからではないだろうかと、本書を読んでいて思った。薬物等で簡単に手に入る幸せ、それ自体は他の価値基準から特に評価されるものではない(むしろ、ある種の薬物について言えば体に有害であり、又は社会秩序を乱すということで軽蔑される。)。これに対して、夢を叶えた上での幸福、愛する人と共にいることの幸福などは、勤勉という美徳や愛という一般に価値があるとされている概念と結びついているからこそ、「本物の幸せ」と評価され崇め奉られるのではないだろうか。

上記の通り、このような「本物の幸せ」か否かの判断は、個々人の有する価値基準に基づいた単なる評価に過ぎないということが、本書によく表れている。このことは、本書のレーニナや他の登場人物たちが、上記のような考え方にどう反応するか考えてみれば分かる。きっと、ソーマで幸せになれるのであればソーマを飲まないことを訝しがるだろうし、ソーマによらない幸せこそが「真の幸せ」だの何だのと、議論することはないだろう。

はたして、本書における「すばらしい新世界」はディストピアだったのかユートピアだったのか。それはひとえに、読者の幸せに対する価値基準に依存するのだろう。

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