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北村薫「盤上の敵」感想

作品情報

盤上の敵 (講談社文庫)

盤上の敵 (講談社文庫)

  • 作者:北村 薫
  • 発売日: 2002/10/16
  • メディア: 文庫

評価

☆☆☆☆(最高評価は☆5つ)


※以下は本作のネタバレを含むので、注意してください。

ネタバレ感想

 本作は、チェスという直接ミステリーとは結びつかないような題材が極めて効果的に用いられており、たまたま入れてみた具材が料理の美味しさを引き立てた時のような新鮮な驚きがあった。

 本作で、チェスという概念は複数の意味を持つ。1つは、登場人物の配置について。本作では、白・黒のキングが存在し、白のクイーンも存在することから、当然黒のクイーンの存在も示唆される。しかし、各章のタイトルでは一向に黒のクイーンが出てこない。このことから、黒のクイーンはすでに退場済であるということが推理される。そして、「クイーン」は当然女性であり、クイーンというからには重要なポジション=重要な人物である。また、黒というからには悪の陣営である。そうすると、すでにいなくなった=殺された黒のクイーンとは三季のことであるということが、合理的に推測できる。

 加えて、白のキング=純一が白のクイーン=有貴子を殺していないことも、味方の駒を取ることができないチェスの構造から明らかである。このように、作者はチェスという概念を用いて物語の謎について多大なヒントを残していた。

 しかしながら、チェスの構造が指し示すのはこれらだけではない。人間の恐ろしさそのものについても、重大な示唆をもたらしているのだと感じた。

 そもそも、チェスというゲームにおいて、各プレイヤーに適用されるルールは同一である。黒の駒を選ぼうが白の駒を選ぼうが駒の種類や配置は同じであり、両者に全く持って違いはない。本作において、主人公たちが白の陣営、主人公の敵=悪が黒の陣営になぞらえられているものの、主人公たちと悪の陣営との間にさして違いがないことが、このチェスの比喩から導き出される。

 この結論は、本作の物語とも整合的である。黒の陣営の「キング」は人を殺しているし、「クイーン」も残虐な行為を行っている。しかしながら、白のキングである純一や白のクイーンである有貴子も、殺人という残虐な行為を行っているという点で、黒の陣営と大して変わらないのである。また、純一は「自分の中にも、三季や石割がいることの証明かもしれない」(339頁)と述べている。

 主人公=善良たる市民の側であるにもかかわらず、同時に悪としての要素も持つ。それこそが、本作におけるチェスの比喩の中で一番恐ろしいところであると感じた。残虐な「盤上の敵」は、チェスボードの向かい側だけでなく、自分自身の内にもいるのかもしれない。

盤上の敵 (講談社文庫)