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映画「HELLO WORLD」感想及び考察:本作の世界の構成について

作品情報

HELLO WORLD

HELLO WORLD

  • 発売日: 2020/03/08
  • メディア: Prime Video

監督:伊藤智彦

評価

☆☆☆☆(最高評価は☆5つ)

※以下は作品のネタバレを含むので、注意してください。

ネタバレ感想

 映画館で見ていれば良かったと、深く後悔した作品だった。隅々まで煌びやかな画面に、考察の余地を多分に残しつつも爽やかなストーリー。そしてこんな人に学生時代出会ってみたかったと思わせるくらい魅力的な一行瑠璃、堅書直実。全ての要素が調和して、非常に面白い作品を作っていたように思う。

 そして、SF好きの身からしてみると、本作で様々なSFのオマージュが出てきていたのも愉快だった。一番分かりやすいのはマトリックス。主人公が背負っていたバッグにマトリックスのネオを表す"THE ONE"の文字が書かれていたり、途中の主人公の戦闘シーンでサングラスをかけていたり、狐面(自動修復システム)がエージェントスミスばりに増殖して襲いかかってくる様は、明らかにマトリックスを意識しているだろう。また、インセプションを意識した絵作りもなされていた。

 また、主人公がSF好きで、グレッグ・イーガン好きだという点も想像力が膨らまされて良かった。主人公の本棚を見た瞬間に、岩波文庫が多いなと思って見ていたが、見慣れた薄水色の背表紙も見えた。SFも読むのかと思っていたら、まさかのグレッグ・イーガン好きだとは。SF作家の中でも難解な作品を書くグレッグ・イーガンを愛するなんて、なかなかのSF好きだなと感じた。また、本作のラストもイーガンの順列都市へのリスペクトが表れていた。

 普通の人が見ても面白い作品だとは思ったが、SF好きが見るともっと面白い作品だったと思う。

ネタバレ考察

 さて、本題である本作の世界の構成がどうなっていたかについて考えてみよう。まず、主人公の直美と瑠璃がいた第1階層がある。次に、データ上のナオミ(先生)と脳死状態の瑠璃(以下「ルリ」とする。)がいる第2階層がいる。最後に、月面基地に瑠璃(以下、「るり」とする。)と直美(以下、「なおみ」とする。)がいる第3階層がある。

 ネット上の色々な考察を見ていると、関連作品等から第3階層が現実世界であると捉えるものが多いようだ。例えば、以下のように考察するブログがある。

  • 現実の直実は、瑠璃をかばって事故に遭った
  • 直実を快復させるために瑠璃が2037年の仮想空間をつくり、心身の同調を試みた
  • 仮想空間で若い直実をかばったことで、同調できた
    2層目の世界で、ナオミが自分にとって大切な人(=直実、瑠璃)を守ったことで、現実世界の直実と同調することができたわけです。
    https://work-as-play.com/review_hello-world

 しかしながら、私は第1階層から第3階層まで全てデータ上の世界に過ぎなかったと考える。理由は以下の通り。

 まず、第3階層のるりがなおみを救おうとした手段は、明らかに第2階層のナオミがルリを救おうとした手段とパラレルになっている。そこで、第2階層のナオミが取った手法は何か検討すると、脳死状態のルリの精神状態を一つ下の階層の瑠璃を用いて再現するということだった。そして、瑠璃が直美を好きになった段階でナオミが瑠璃を連れ去らず、瑠璃が脳死になるきっかけとなった花火の落雷の直前になって初めて連れ去ったことから考えれば、脳死状態の者を復活させるための精神状態は、酷似していないといけないことが分かる。言い換えれば、第2階層のルリと第1階層の瑠璃の精神は、脳死になる落雷の直前の段階(=転送時)でほぼ一致していたということになる。

 ここから考えると、第2階層で転送された段階のナオミの精神状態は、第3階層のなおみが脳死になる直前の精神状態と酷似していたということになる。するとどういうことが分かるかというと、第3階層のなおみも、脳死状態のるりを救おうとして1つ下の階層に戻りルリを第3階層に連れ去った。しかし、第2階層のナオミが第3階層にルリを連れ戻しにやってきて、狐面の妨害を受けつつもルリを第2階層に送り返した。そして、第3階層のなおみは第2階層のナオミを庇って脳死になったということになる。

 第3階層が現実だとすると、ここで2つの矛盾が生じる。当然のことながら、データ上の存在は現実世界にやってこれない。したがって、ナオミが第3階層に行くことがそもそも不可能である。また、現実世界では、自動修復システムは存在しないことも、もう1つの矛盾となる。したがって、第3階層もデータ上の世界である。

 なお、このように考えてもナオミは第3階層に行った記憶がないじゃないかという批判が可能である。しかし、この点は本作のナオミがリブート後のナオミだったと考えれば、整合的に考えられる。また、第3階層のるりはなぜ脳死から復活できたのかという点も多少不可解ではあるが、科学の進歩により回復したと考えることも十分可能であろう。

 また、本作の世界全てが作り物に過ぎないという点は、本作で登場したアルタラのスペルが"ALLTALE"すなわち"ALL TALE"であり、全て物語だという意味を有していることからも裏付けられるように思う。

 よって、本作の世界は全てデータ上の世界であると考えられる。しかしながら、各世界に住む人物にとっては住んでいる世界こそが現実であり、彼らにとってどの世界が現実かという問いに意味がないことは、作中のナオミの発言の通りだろう。