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冲方丁「マルドゥック・スクランブル 圧縮[完全版]」─復活する少女と追い詰められる小さなネズミ

作品情報

 本作は、マルドゥック・スクランブルの完全改稿版です。冲方丁さんのマルドゥックシリーズの第1シリーズですね。

評価

☆☆☆☆☆(最高評価は☆5つ)
※以下は作品のネタバレを含むので、注意してください。

ネタバレ感想

 今回は、僕の好きなSFシリーズである、マルドゥック・スクランブルの第1作について感想を書いていきたいと思います。

 本シリーズは、SFとしての設定が作りこまれているだけでなく、様々な魅力的な人物が登場していて、非常に好きな作品です。

 なお、本シリーズのタイトルであるマルドゥック・スクランブルとは、前者が天国への階段を指し、後者のスクランブルは争うという意味であることを考えれば、「天国の階段への争い」といった意味になるのでしょう。

どん底にいたバロット

 本作の主人公のバロットは、少女=弱者であって、本作の社会で底辺の存在である娼婦でした。すなわち、本作の社会の最底辺が、バロットだったということです。

 そして、バロットの精神状態も他の人と比べてどん底にありました。父親に襲われ、「家族をどう愛していいかわからなくな」ったバロット(167頁)は、兄にも施設にも社会にも見捨てられます。この時点で、バロットは人としての尊厳や生きる希望などの何もかもを失います。

 そして、バロットに対し、愛するかのような言葉を言って(122頁)拾ったシェルと共にいても、「なんで、私なの?」と問い続けます。自らの存在理由が分からなくなっているのです。

 自分が必要とされている、愛されているという実感がわかないバロットは、「死んだほうがいい」(9頁)と時折考えます。

 そして、「死んだほうが良い」という思いは、自分を必要としてくれていたはずのシェルが、バロットを爆発によって殺そうとした後に、一層強固になるのです。

 ここまでひどい状況は、他の物語でも聞いたことはありません。バロットは文字通りのどん底に居たのです。

バロットを救うウフコックとドクター

 そんな爆発/社会により殺されかけたバロットを、肉体的にも精神的にも救うことになるのがウフコックとドクターでした。

肉体面

 まず、肉体的にはマルドゥック・スクランブル-09を適用し(60頁)、人工的な皮膚を移植する等の治療を行います。

 このマルドゥック・スクランブル-09による治療により与えられたのは、「操作」の能力です。

 それは、バロットの識域野が選択したものでした(85頁)。今まで男たちにいい様に操られていたバロットは、無意識でそれをし返してやろうと、「操作」の能力を選んだのだと感じました。

 これは、物語の終盤で敵に襲われた際に、「物事を思い通りに動かし、感情を持つ人間さえもいいように操作する力」にバロットが酔いしれていることからも分かります(264頁)。

精神面

 次に、何もかもに裏切られ、精神的にズタボロになったバロットは、主にウフコックよって、徐々に救われていきます。当初のバロットは、無意識的に生を望む一方で(85頁)、拳銃自殺を試みるなど意識的には死を望むなど、非常に不安定な存在にあります(70頁)。

 これはしょうがない様にも感じました。これまでの人生で非常に傷ついた後に、唯一の頼みであるシェルにも裏切られ、バロットは生きる理由を全て失ったのですから。バロットは、生きる土台を失った状況にあると言えるのです。

 しかし、ウフコックは、親身にバロットと話し続け、バロットは心が通じる実感を抱くようになるのです(108頁)。

 このウフコック、本当にかっこいいですよね。非常に傷ついたバロットを放任するのではなく、優しく見守ります。必要なところは優しく叱って、でもバロットが嫌なことは一切せずに。自らの利益は事件解決にあるというのに、それを犠牲にしてでも、なによりもバロットの幸せを願うその姿は、非常にかっこよかったです。

 そして、シェルに爆破して殺されかけた場面で、バロットはウフコックに対しこう言います。「──私を愛して、ウフコック。」(144頁)と。そして、バロットとウフコックは相棒になり(146頁)、ウフコックの存在がバロットの生きる理由の一部となるのです。 

 そして、バロットの精神の強さも相まって、徐々に彼女の精神は安定していきます。特に、それが表れていたのが、中盤の裁判のシーンです。

「"家族をどう愛していいかわからなくなりました"」(中略)弁護人は予想を裏切られた様子で顎を撫でた。バロットを打ちのめすことができないのを悟って、大いにプライドを傷つけられたというように。(167頁)

 バロットはもはや、精神的に追い詰められた存在ではなく、敵と戦う力強さを持った存在となっていったのです。

 まだ多少不安定な部分があるとしても、驚異的な立ち直り方です。特に、自分が殺されかけてから日がないというのに、ここまで持ち直すことができるとは。自分だったら、殺されかけたという一事をもって、引きこもりそうなものですが、バロットはそうではありませんでした。まさに、驚愕の一言に尽きます。

 そして、ウフコックと出会ったバロットにとって、シェルはとるに足らない存在となっていました。

この都市の階段を昇るために多くのものを棄て、そのことを評価してもらいたがっている薄っぺらい男だ。(中略)同時に、お前は悪い子だと自分を呪縛し続けていた声が、すとんと体から落ちてどこかへ消えた感じがした。(171頁)

 そして、バロットは、自らの実存のために戦うことを決意するのです。

少女たちは死に、過去の自分も死んだ。そして今の自分が生き残った。力を得た自分が。それが、なぜ自分が戦うのかということへの答えになった。バロットは、自分が昇るべき階段を見つけた。(171-172頁)

 非常に感動的なシーンですね。もはや、誰かに必要とされることのみを生きる理由とするバロットではありません。自分が生き残ったからこそ戦うと決意したのです。

 そして、社会的地位としても精神的にも本作の社会の最下層であったバロットは、自らに襲い掛かる権力者と戦うことを決意します。

 マルドゥックの最下段に立ち、最上段にいる者を震え上がらせた人物と同じことをするのだと決意して(173頁)。

ウフコックを追い詰めるバロット

 傷ついたバロットを救った一番大事な存在であるウフコック。しかしながら、バロットはそのウフコックを傷つけることになります。

 後半に敵に襲われるシーンで、バロットはどんどんと自らの歪みを吐き出していきます。「なぜ自分がこんな目に遭うのかという悲鳴を、そのまま相手に叫ばせてやるのだ」(228頁)と思って。

 この歪みに突き動かされ、バロットは襲ってきた敵たちをどんどん殺していきます。正直、怖くなったシーンでした。人を殺すバロットもそうですし、15歳の少女をここまで追い込んだ環境も。

 ウフコックを濫用するバロット。そのため、ウフコックはどんどん追い込まれていきます。バロットによる濫用で拒絶反応を示し、自己の下半身をボイルドに撃ちぬかれながら。それでも、ウフコックはバロットを守るために、自らの心を犠牲にします。

 ウフコックは、常にバロットを一番に考える、気高い存在であることを強く感じさせるシーンです。こういう迷いのない強さには、すごく憧れます。

 そして、ボイルドと戦うバロットも、自らの望みに反し、ウフコックに心を犠牲にするよう「操作」します。

死なないために。 ただ生き残るために。(293頁)

次巻の感想>>>マルドゥック・スクランブル 燃焼