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小川一水「天冥の標VII 新世界ハーブC」─破壊・再生・歪み

作品情報

天冥の標VII 新世界ハーブC (ハヤカワ文庫JA)

天冥の標VII 新世界ハーブC (ハヤカワ文庫JA)

※第6巻Part3の感想はこちら。
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評価

☆☆☆☆(最高評価は☆5つ)
※以下は本作のネタバレを含むので、注意してください。

ネタバレ感想

 僕が一番好きなSFシリーズで、すでに日本のSFを代表する作品群であるとの評価もある天冥の標。今回は、その第7巻である「新世界ハーブC」の感想を書いていきます。

破壊

 救世群がもたらした災厄により、人類社会は無残にも破壊されました。

今は遠くと近くの、何重もの崩壊に取り巻かれている。多くの町が病んで燃え上がり、星へ翔るはずの夢の船は、心骨を引きずり出された骸となって地に伏した。舞い上がることは二度とない。(8頁)

 この短い文章からも、人類社会が陥った苦境が伝わってきますね。拡大を続ける一方の人類社会は、ついには太陽系を飛び出して、アイネイアたちは夢の冒険を始めるはずだったのに…。第6巻で、非染者たちの抱いていた幸福は絶望へと変わってしまいましたね。そして、そのような変化が生じたにも関わらず、救世群たちの抱いていた絶望が希望へと転じた訳ではないところが、つらいところです。

再生

 そんな致命的な破壊を受けた人類社会は、ブラックチャンバーにおいて、再生への道を歩み始めました。その先鞭をつけたのが、オラニエとスカウトのメンバーたちでしたね。

ラニエによる活動

 ジニ号が墜落した後も、オラニエは冷静でした。

「生き延びなければならない」オラニエが断言する。「ジニ号は沈んだが、その理想が消滅したわけではない。それどころかその旅すら中断されてはいない。(中略)やるべきことには変わりはない。死力を尽くして生き抜こう。そして、未曽有の災害に襲われているこの星系を立て直すんだ。」(13頁)

 人類社会・ジニ号が破壊され、自分が重傷を負ったという苦境に立たされたにも関わらず、このように新しく明確な目標をすぐさま提示できる。この部分だけでも、オラニエの船長としての優れた素質が表れているようです。

 そんな優れたリーダーシップを持っていたオラニエですが、自らブラックチェンバーで表舞台に立つようなことはありませんでした。このような素質を持ち、閉鎖環境系について深い知識を持つオラニエであれば、リーダーとしての役割をきっと果たせただろうにです。

 その理由は、物語の中盤に現れていましたね。すなわち、「太陽系を救うために」(159頁)オラニエはブラックチェンバーの保全より情報収集を優先したのです。人類の救済という大目標を達成するために、ブラックチェンバーの維持という小目標はスカウトたちに任せる。人類社会が陥っていた苦境が、たまたま予想よりも厳しかったために、この対応は効を奏しませんでしたが、非常に冷静かつ的確な判断だったと思います。

スカウトのメンバーによる活動

 そんな訳で、ブラックチェンバーの維持は、スカウトのメンバーに託されることになりました。しかし、その任務は、これまた厳しいものでした。

 その難しさを表していたのが、ハンがメララに語った以下の部分です。

ここに子供ばかり五人のチームがある。五つのチームが集まって二十五人の部屋ができてる。(中略)二十五人を十個まとめて面倒をみられるかな。(中略)だったら、八百個集めたら?(中略)七百九十一個の部屋を、生かし続けているよ。九人でね。(212頁)

 こんな状況、想像できますか?あるいは、こんな状況、対応できますか?大人であるあなたが友人たちと、この規模の子供たちを管理するのすら、非常に困難でしょう。しかしながら、本件で統治者となるのは、未成年の子供ばかりです。しかも、法や社会制度に関する知識がある訳でもありません。閉鎖環境の維持すら手探りです。公衆衛生に関する知識もありません。このような苦境は、便利なロボットを使えたところで、大してましにはならないでしょう。

 こんな状況下で、ゼロから組織を、社会を作り上げていかなければならないのです。社会を作り上げるという点では、小川一水さんの「老ヴォールの惑星」の中の短編、「ギャルナフカの迷宮」を思い出させますが、この状況はこの短編によりもずっと悲惨ですね。

 正直、スカウトのメンバーが本作のように二万人規模の人員を生かし切っただけでもすごいことだと思います。ノウハウ0の状況で、いきなりこの環境に放り込まれるのですから。メンバーたちが強大な武力を背景とした強権によって社会を作ったことを差し引いても、曲がりなりにも人間社会を再生し、人々を生き延びさせられたことは、スカウトのメンバーの実力・努力がなければ成し得なかった、奇跡と言っても良いことだと思います。 

歪み

 こうして作られた社会に、歪みが無い訳がありません。スカウトのメンバーが強権を駆使して、なんとかメニーメニーシープという社会を作り上げた結果、社会にはいくつもの歪みが残ってしまっています。

 その1つが、支配者層の固定化です。メニーメニーシープは、一応民主主義を標榜しています。選挙によって議会が組織され、首相が選ばれることになっていますし。しかし、それが見かけだけのものであることは、政権与党のサンディバラが長期独裁一統政治を行っていることや、約50年もの間サンドラ・クロッソが首相についていることからも分かります。歴史上名だたる独裁国家でも、国のトップが50年も変わらないことはまれなように思います。このように、メニーメニーシープは、実質的に独裁国家なのです。

 また、この世界で圧倒的な戦力となり得る先導工兵が、民主的にコントロールされているのではなく、臨時総督の属人的な指揮監督下にあるのも大きな歪みの1つでしょう。強大な軍事力を背景とした巨大な権力は、必ず腐敗します。まさに、≪海の一統≫がそれに反抗してクーデターを起こしたように。

 最後の1つが、この世界の歴史そのものが改変されてしまっていることです。メニーメニーシープで生まれた人々は、もはや真の歴史を知りません。ハーブCの電力がどこから来ているか、救世群はどういった存在なのかという、将来の災厄に備えるために必要な情報は、非支配者層から失われることになってしまうのです。

 メニーメニーシープの社会に生じたこのような歪みが、どのような危機を生むのか。そして、それがどのように乗り越えられるか(あるいは乗り越えられないか)。これらは、第1巻のメニーメニーシープ、及び次巻以降で語られることになります。

※当ブログの天冥の標の感想一覧はこちら
小川一水「天冥の標」感想記事まとめ - 本やら映画やらなんやらの感想置き場