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井上悠宇「誰も死なないミステリーを君に」─普通じゃないミステリー

作品情報

誰も死なないミステリーを君に (ハヤカワ文庫JA)

誰も死なないミステリーを君に (ハヤカワ文庫JA)

評価

☆☆☆(最高評価は☆5つ)
※以下は作品のネタバレを含むので、注意してください。

ネタバレ感想

ミステリーとしての本作

 僕は普段それほどミステリーを読まないのですが、ふとした時に読みたくなります。そんな時、書店に寄ったついでに見つけたのが本作です。

 書店でタイトル見た時に、びっくりしたのがタイトルにミステリーと書いてあるのに、ハヤカワ文庫JAから出ていること。ミステリーを数多く出している、講談社文庫や創元推理文庫とかではなく、あえてハヤカワ文庫JAなのかと。ただ、本作を全て読み終わった後に、これはどうも、いわゆるミステリーというジャンルに当てはまらないことが分かったので納得しました。

 本作は、導入の非飛び降り自殺事件を除けば、主に2つの事件から成り立っています。1つは、武東が屋上から落下して死亡した事件。もう1つは、主人公たちが無人島で経験する非連続殺人事件です。

 前者については、なぜ武東が傘と共に落下したのかという点が主な謎になりましたが、若干アンフェアな部分があります。1つは、傘の壊れ方について。主人公が傘が転がるのを見た(81頁)こと、主人公の傘が柄からすっぽり抜けたこと(103頁)から、傘の柄の部分が壊れたという伏線を張ったのでしょう。

 しかし、このような壊れ方をしたとしても、そもそも落下した後に手に持った傘が転がるかというと疑問です。人が飛び降りても放物線を描くわけですから、普通に手に持って落ちた場合は傘は地面に対してほぼ垂直の方向にしか力が加わっていないはずです。武東が落下直前に傘を投げたりしなければこんなことにならないでしょうし、猫を抱いている武東が傘を投げたとも思えません。

 次に、上記から柄の部分だけとれたと推測できたとしましょう。しかし、そこから本作から説明されたような状況で落下したと推測するのはほぼ無理です。普通に考えて、柄が取れるような行為は想定できませんし、柵に傘をひっかけるような行為を想像できたとしても、動機がありません。猫を助けるためだという動機を思いついたとしても、猫が柵を越えた場所にいるなんてことは、数多くの可能性のうちの1つにすぎませんし、普通は想定から排除するでしょうね。

 後者については、とある有名なミステリー作品を思い出して、犯人が文学部の4人の中の誰かであって、その人が自殺をするつもりであることまでは思いつきます。ただ、そもそも犯行が一切行われないので、犯人を特定するのは不可能です。動機も謎ですし。「ミステリーとしてはとてもつまらないかもしれない」(261頁)という訳です。

 まとめると、前者の事件の主な謎はアンフェアであり、後者の事件はそもそも読者が解けるようにできていません。そのため、本作は、ミステリーと言うジャンルに分類しづらい作品であるように思えます。そもそも、人の死が予知できるという点で、普通のミステリーと異なりますしね。だからこそ、ハヤカワ文庫JAに本作が収められたのも、納得しました。

小説としての本作

 ただ、ジャンルなんてものは色々と便利だから定められるものであって、ジャンルと物語としての面白さは全く別の問題です。そして、1つの小説として本作を振り返ってみると、それなりに面白い作品でした。

 未だ存在していない殺人事件についての小説が、ここまで面白いものだとは。探偵側の主人公たちが事件の舞台であるクローズド・サークルを作るという発想からして凄く斬新でした。また、基本的にミステリーはすでに起きてしまった事件をどう解決するかが焦点となりますが、本作は起こるはずの事件をどう防ぐかということに焦点が置かれており、情報量が少ない中でどう事件を止めれば良いのかと考えるのが楽しかったです。

 また、結構丁寧に伏線を回収する作品でしたね。「チホ」という呼び方とか、「ノンシュガー」とか。物語には関係ない人物についてエピソードを挟まないだろうという前提に立てば、きれいに伏線が回収されています。

 ですが、そのような前提を抜きにして考えると......。「ノンシュガー」については、主人公が一週間ほど会った時に男性か女性かくらいは気づけよと思いました。それに、性同一性障害を示唆するエピソードがないのにも関わらず、いきなり武東には女性としての側面があったと言われても......。

 ラストは、作者の狙い通りタイトル通りに皆が救われるという形で非常にさわやかな終わり方で、良かったです。

 当初は、タイトルでネタバレされている通りならあまり読む楽しみがないかなと思っていました。しかし、タイトル通りの展開ではありましたが、それでも1つの物語としては面白かったですね。さすがに、本書でも言及されているアガサクリスティーの「そして誰もいなくなった」ほどの面白さではありませんが。

 ちなみに、「そして誰もいなくなった」は言うまでもないですが、ミステリーの大傑作なので読んだことがない方はぜひお読みください。ミステリーとして面白いのは当然ですが、サスペンスとしても一流の作品です。僕が読んだミステリー作品の中でも、一二を争うくらい好きな作品です。

そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

そして誰もいなくなった (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

 たまには、こういう一風変わったミステリーを読むと楽しいですね。