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「天冥の標」とは一体何だったのか

作品情報

※以下は天冥の標X「青葉よ、豊かなれ」part3までのネタバレを含むので、注意してください。

ネタバレ感想

 僕が一番好きなSFシリーズで、すでに日本のSFを代表する作品群であるとの評価もある天冥の標。ついに完結しましたね。

 本記事では、作品そのものの感想というよりも、天冥の標とは何だったのかという点について、考えてみたいと思います。

 第6巻のpart 3を読んだ時点で、僕は天冥の標について以下のように考えていました。

天冥の標とは、非染者たちと<<救世群>>たちを案内するもの、といった意味になるのではないでしょうか。(中略) 本作のように厳しい現実の中でも、憎しみにとらわれずに、地道に交流を続けていくことで、一筋の光が見えてきます。(中略)単なる和解とは違う解決。それこそが、顕現した天冥の標が示したものであり、希望なのではないかと、本作を読んで感じました。
小川一水「天冥の標VI 宿怨 part 3」─顕現する天冥の標 - 本やらなんやらの感想置き場

 今にして思えば、この天冥の標の意味については、少しだけ正しかった気がしますね。

「天冥の標」の意味

 本作は、単なる非染者たちと<<救世群>>たちの対立のお話ではありませんでしたね。本作には、様々な対立軸があります。それは、例えばダダーのノルルスカインとミスチフの対立であったり、岸なし川の種族とオンキネッツの対立であったり。

 このように、本シリーズでは多様な対立する存在が出てきたことからすれば、天冥の標とは、単に「非染者たちと<<救世群>>たちを案内するもの」という意味ではないと考えられます。むしろ、「天」「冥」とは、このような対立する集団を表したものだと、今は思います。

 標とは道を案内をするものを意味することを踏まえれば、天冥の標とは、「対立する集団を案内するもの」であると考えるのが自然でしょうね。

「天冥の標」が示したもの

 では、「天冥の標」が示したものは何なのでしょうか。

 本作では、全てではないとはいえ、対立する存在たちは融和し、団結して難局に立ち向かっていきました。人類、岸なし川の種族、オンキネッツ。そんな、対立する集団の融和をもたらしたものが、対立すべき集団を案内するもの=「天命の標」であったと考えられます。

 では、そのような融和をもたらしたのは、一体何だったのでしょうか。

 厳しい現実の中でも、憎しみにとらわれずに、対立する他者との違いを認め、地道に交流を続けていくことが、その1つであることに間違いはないでしょう。例えば、人類とエンルエンラ族が、戦いの憎しみにとらわれずに相手の違いを認めて交流したことが、人類とエンルエンラ族が融和する一助になっています。非染者たちと<<救世群>>たちについても、同じことが当てはまりますよね。

 もう1つは、他者のために身を削り、「眼前になき他者に一掬の憐れみを与えざるを避く」(10巻part3,222頁)という姿勢ではないでしょうか。結局のところ、人類が、対立する宇宙種族の心を動かして協力し合うことができたのも、自らの生殖細胞宇宙艦隊などを犠牲にしてでも、他者を憐れむというその姿勢だったように思います。

 また、人類がオンキネッツとの対立を解消し、オンキネッツにチャーミング種の産出と宇宙種族の守護を決意させたのも、自らの生命を犠牲にしてでも、オンキネッツを説得し、他者を哀れんで救おうとしたカドムとイサリの姿勢だったように思います。

 これらをまとめれば、「天冥の標」が示したものとは、①憎しみにとらわれずに、対立する他者との違いを認め、地道に交流を続けていくこと、②他者のために身を削り、「眼前になき他者に一掬の憐れみを与えざるを避く」という姿勢であったように思います。

 ただ、全ての対立がうまく解消される訳ではないことも、本作は伝えています。例えば、ダダーのノルルスカインとミスチフの争いは、お互いがお互いを破壊し尽くすことでしか終わりませんでした。いくらそれが、ある種幸せな終わりであるように見えたとしても。

 それでも、本シリーズを読み終えた今思います。だからと言って、対立する集団との融和を諦めてはならないのだと。本作のカドムやイサリたちが、決して他者との融和を諦めなかったように。僕も、そんな彼ら彼女らと同じように生きられたらと願います。

 そんな天冥の標が示す道筋は、選ばれた英雄にしか辿れないものではなく、皆が辿れるものなのだと本シリーズの最後を読んで感じました。英雄でもなんでもない普通の人だった青葉が、千茅に手紙を渡し続けられたように。(10巻part3, 222頁)

「送っちゃるか。元気付けぐらいにはなるよな」
「そうそう。ほんのちょっとの励ましが大事」

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