本やらなんやらの感想置き場

ネタバレ感想やらなんやらを気ままに書いています。

新海誠「言の葉の庭」感想:再び歩み始めた二人

作品情報

言の葉の庭

言の葉の庭

なお、映画版で描かれなかった登場人物の過去等が描かれている小説版も存在します。

評価

☆☆☆(最高評価は☆5つ)

※以下は作品のネタバレを含むので、注意してください。

ネタバレ感想

 本作は、主人公のタカオが若くて眩しいなと感じた作品でした。タカオは、夢があってそれに向かってひたむきに努力しているけれど、その道にいまいち自信が持てない高校生。側から見れば、自分なりの夢を思い描いてそれに向かって努力しているだけでも、周りよりも一歩も二歩も進んでいるように見えるのだけれど、本人はそうは思ってはいないんですよね。むしろ、周りと違う行動を取っている自分に対し、孤独や不安を抱いているように思えました。

 そんなタカオだからこそ、新宿御苑で一人ビールを飲む、孤独や不安を抱えているユキノに惹かれたのかもしれません。「雷神の 少し響みて さし曇り 雨も降らぬか 君を留めむ」という和歌から始まる恋、なんだか素敵ですね。この和歌のように、雨を待ち遠しく思いながら、二人の恋は進展していきます。

 お互いに会いたいと思っていながらも、雨を口実にしか会えない。それが非常に奥ゆかしく、同時に美しくあります。タカオは梅雨が明けて雨が降らなくなっても、ユキノを探し出そうとは考えません。ガキのままの自分が嫌なタカオは、ユキノが歩けるような靴を作るため、タカオは努力を続けます。この不器用なまでのひたむきさにもタカオの若さを感じますね。ただ、靴職人になるという夢に不安を持ったタカオが、ユキノに靴を作るという目標に注力することで、その不安から目をそむけようとしているようにも思えました。

 そして凍りつく、二人の関係性。それは、学校におけるタカオとユキノの偶然の出会いによって溶け出します。タカオがユキノに伝えた言葉。「雷神の 少し響みて 降らずとも 我は留らむ 妹し留めば」。「雨なんか降らなくてもここにいるよ」という歌に仮託して、タカオはユキノに対する恋心を伝えているのだと感じました。なんとも粋な愛の告白ですね。

 でも、そんな二人の関係性を推し進めたのは、やはり雨でした。雨がきっかけで、タカオはユキノの家に行き、今度こそはっきりと、ユキノに愛を伝えます。それでも、年齢差や住む場所の違いから、ユキノは自分の気持ちを押し殺そうとします。誰かに本音を打ち明けられない。おそらく、それが今までユキノを苦しめてきたのでしょう。生徒に虐められても、逃げることしかできなかったように。

 そんなユキノが走り出し、タカオに自分の気持ちを正直に伝えられるきっかけとなったのが、タカオの言った「雷神の 少し響みて 降らずとも 我は留らむ 妹し留めば」という和歌だったというのが、雅で好きです。そして、その後のタカオの長台詞。若さとユキノへの思いが爆発した素敵なシーンですよね。

 誰かに自分の気持ちを伝えられるようになって、歩けるようになったユキノ。ユキノに素直な想いを伝えられて対等に扱われたことで、自信を持って歩けるようになったタカオ。ユキノはもう一人でも生きていけるでしょうし、タカオもユキノという支えがなくとも、靴職人の夢をまっすぐ追いかけられるようになったでしょう。後者は、タカオがユキノのために作った靴を新宿御苑に置いたシーンからも示唆されますよね。

 再び歩けるようになったユキノとタカオ。その二人がいずれ出会ったらどうなるのか。そんな希望に満ちた再会を期待させるような美しい終わり方でした。