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綿矢りさ「勝手にふるえてろ」感想:私のイチとニに相当する人

作品情報

勝手にふるえてろ (文春文庫)

勝手にふるえてろ (文春文庫)

なお、本作は松岡茉優が初主演で映画化されました。

評価

☆☆☆(最高評価は☆5つ)

※以下は作品のネタバレを含むので、注意してください。

ネタバレ感想

 人間なんてひどく勝手なもので、恋い焦がれている時は熱心に、恋い焦がれられている時は冷静だったりする。イチのことはなんでも好きで何気ない仕草ですら好ましく思うのに、ニについては何かある度にこいつは何をやっているんだと思ったりする。

 イチに対する真っ直ぐな思いをニが自分に対して抱いていると思ったとしても、別にそれは「私」の心に響かずただ単に冷めた心が続くだけ。あばたもえくぼ。昔の人はうまいことを言ったものである。

 現実の私にもイチに相当する人が居てニに相当する人も居た。イチに相当する人は私が片思いをしていた相手という訳ではなく、しばらく付き合ったのちに振られた人。ニに相当する人からは告白されたということはなく、遊びに誘われてこの人は私に好意を抱いていると思っただけである。もしかするとただの勘違いかもしれない。

 まあ、それはそれとしておいて置くとして、私にはイチに相当する人とニに相当した人がいた。少なくとも私の主観では。

 別れてから、私はイチの人との思い出を何度も繰り返し冷蔵庫の中から取り出しては眺め続けた。私としてはピチピチの生きの良い魚のような思い出であるが、客観的に見たら水分を失った魚の死骸だったかもしれない。でもそんなものなのである。妄想は強い。干物ですら生きた魚のよう。鰯の頭も信心から。干物の魚も真心から。

 そんな私であったから、「私」に対しても感情移入できた気がした。思い出は裏切らない。繰り返し思い返し思い返ししている分には特に傷つかない。ニが居たところで知るものか。その好意は何となく伝わるけれど、だからと言ってどうという訳でもない。イチの思い出の方が重要だ。

 しかしながら現実はそう甘いものではなく、年数が経つにつれて徐々に冷静になっていく。このままでいいのか。というか別れてからどれほど年数が経ったっけ?あ、こんなに経っているのかとか思い返すうちに、リアルに目を向けないといけないような気がしてくる。はい確かにそんな思い出はありました、ただイチは私を振り向くことはないのだから、ニを気にかけてみるのも良いかもしれない。ニを受け入れても良いかもしれない。「私」のように。

 なんて割り切れたら人間苦労しないのである。「私」のように「イチなんか、勝手に震えてろ。」なんて言えたら楽だろうと一瞬思ったけれど、別にイチに相当する人が震えたところで今の私は特に何も感慨を抱かないのであった。だからニに相当する人について考えてみようかとも思ったけれど、別にその人もニのように積極的に声をかけてくるようなタイプの人ではなく、声をかけてきたところで私がなびくことも今のところ考え難い。結局私のそばにはイチも居なければニも居ない。現実はそんなものである。

 まあそんな現実でも良いんじゃないかとも思ってはいる。はっきりとした終わりがある本作とは違って、私の人生はしばらくのところ終わる予定はなさそうだ。ハッピーエンドが来るのはそのうちでいいんじゃないかと軽く考えている。今後、私の目の前にイチやニやヒャクやイチとニのハイブリットやπや虚数が現れる可能性は誰にも否定できないし。

 勝手に震えてろ。私は私の人生に対してそう叫んでおきたい今日この頃である。