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小川一水「天冥の標I メニーメニーシープ(上)・(下)」

作品情報

天冥の標 ? メニー・メニー・シープ (上)

天冥の標 ? メニー・メニー・シープ (上)

 
天冥の標〈1〉―メニー・メニー・シープ〈下〉 (ハヤカワ文庫JA)

天冥の標〈1〉―メニー・メニー・シープ〈下〉 (ハヤカワ文庫JA)

 

評価

☆☆☆☆☆(最高評価は☆5つ)

※以下は本書のネタバレを含むので、注意してください。

ネタバレ感想

  僕が一番好きなSFシリーズで、すでに日本のSFを代表する作品群であるとの評価もある天冥の標。今回は、その第1巻であるメニーメニーシープの感想を書いていきます。

メニーメニーシープと巨大な謎

 初読の感想は、何だこりゃって感じでした。明らかにされていない謎が多すぎて、正直良く分かりませんでした。例えば、救世群とは何なのか、羊飼いはなぜ救世群の伝承を有していたのか(上巻96-97頁)、海の果ての巨大な重工兵がなにをやっていたのか(上巻318-319頁)、なぜドロテアがメニーメニーシープの地下にあったのか(上巻340頁)。また、なぜ羊の中に機械がうまっているのか(下巻146頁)、それぞれの勢力はどのような歴史を有していて、何を目的としているのか。さらに、イサリとカドムのつながりが「業の償還」であるというノルルスカインの発言の意図は何なのか(下巻233頁)、蒸散塔や天蓋盤とはなんなのか(下巻318頁)。これだけ挙げても、たくさんある謎のごく一部というのが恐ろしいところです。

 でも、はじめての時は、小川一水さんのあとがきを読んで、これは現時点では分からないものだから、考えてもしょうがないな、と諦めたものです。ノルルスカインの以下のセリフも、小川一水さんから読者へ向けたメッセージだと思っていました。

「あなた方は巨大な謎に包まれている。理解できないのも無理はない。が、今はまだ全部理解しなくても構いませんよ。されたら面白くない」(下巻231頁)

 もう、こうなったらしょうがない。小川一水さんが書くんだから面白いのは間違いないだろう、ということで、出版されるたびに一冊ずつ読んでいきました。あらためて振り返ってみると、ものすごいシリーズですね。これ。9巻まで読んでから見ると、先ほど挙げたような謎が、全て解消されていることに気づきました。まるで、未完成で穴あきだったジグソーパズルに、全てのピースがはめられたかのように。小川一水さんの伏線の回収能力は本当にすばらしいですね。

 最初の数巻が出た段階では、謎だらけの1巻よりも他の巻の方が好きでしたが、9巻まで読んだ後だと、シリーズの中でもトップクラスに好きな巻になっていました。

初読の際の一番の驚き─ユレイン三世について

 さて、初読の時の感想に戻りますと、一番驚いたのはユレイン三世についてでした。これは、おそらく皆さんと同じかと思います。「シェパード号を起動させて、植民地から去ろうとする。その結果、植民地で電力が使えなくなることもいとわずに。」それだけ聞くと、何て悪いやつなんだ。この悪役を倒して本作はハッピーエンドなんだろうなと思って読んでましたが……。実際は真逆で驚きました。

 あとから読み返すと、伏線自体は、いくつかあったんですけどね。イサリを必要以上に怖がったり、「どいつもこいつも、何もわかっていないくせに」と言ったり。(上巻169頁)あるいは、年次訓令受命式で苦悩に唇を噛んで涙を流したり。(下巻95頁)初見では、領主=悪いやつってイメージしかなかったので、完全に気づきませんでしたが。

 9巻まで読んで、救世群の実力を踏まえた上で考えると、ユレインがいかに有能だったか分かります。植民地の混乱を避けるために救世群の存在は言わない。それだと救世群と戦うための電力制限による不満が生じてしまうから、官僚をシェパード号に乗せるといって買収して、とりあえず内輪だけは固める。他の人に相談するみたいな選択肢もあったかもしれませんが、それによりメニーメニーシープが混乱に陥るリスクを考えると、ユレインの判断はかなり合理的だったように思います。

 

※以下は8巻Part1のネタバレを含むので、注意してください。クリックでネタバレ個所をスキップします

再読して一番の驚き─イサリの印象の変化について

 今回読み返してみて、印象が変わっているシーンが色々とありました。最初に読んだときは、メニーメニーシープや冥王斑等のイメージは全然湧いていませんが、今はもう情景が浮かんできます。また、「拡散時代」という単語がでてくると、三巻のアウレーリア一統とかを思い出して切なくなったりもしましたね。

 しかしながら、何よりも印象が変わったのはイサリでした。その印象の変化に、再読して一番驚きました。本作におけるイサリの初めての登場シーンを引用しますと、以下になります。

 双眼鏡の視野に、怪物の姿が映っている。二足二腕の人間型で長い髪をなびかせているように見えるが、カンガルーを思わせる太くて長い尾が生えており、身の丈は二メートルを越えていて、明らかに人間ではない。全身に何かすだれのようなものをじゃらじゃらとぶら下げており、その下に透けている体の輪郭は何か硬いものでできているようだ。白と褐色の混ざった渦巻き模様の甲冑をまとっている風にも見える。(上巻50頁)

 最初読んだときは、なんだこの良く分からない生き物は、と思ったものです。何か病原菌を持っている悪そうなやつで、言葉をあまり話せない理性が欠如した怪物、そんな感じのイメージでした。突然羊を襲って食べ始めて、それをカドムに献上したり(上巻91-92頁)、カドムを房に閉じ込めたりしてましたし。(下巻108頁)

 でも、彼女のそれまでの物語─特に、本巻と対になる8巻のジャイアントアークPart1─を読んだ上で、今回改めて読み返すと、どんな登場人物よりも、イサリのことが気になって、イサリに感情移入している自分に気づきました。特に、本作を読んで思い返したのが、8巻において、イサリが羊飼いの子供を救ったあとで、メニーメニーシープの人々について考えているシーンです。

 彼らはここが本当に素晴らしい、平和なふるさとだと信じて、暮らしている。

 自分はそれを壊しに来た死の使いだ。

 丘の上に立って西日を浴びながら、イサリはそのことを反芻する。(8巻Part1 109頁)

これまでの人生で、十分につらい目にあったのにもかかわらず、またこんな苦しい目に合わないといけないのか。メニーメニーシープの人々を救うための使者としてやってきているのにも関わらず、自分は死の使いであると思わなくてはならない。どんどんひどくなる状況。それにも関わらず、一人でなんとかしなければならない─イサリを単なる怪物だと思っていた、最初読んだときの自分を叱りたいとすら思いました。まだ物語は完結してませんが、イサリにはどうか幸せになってほしいものです。

 こんな風に、続刊を読んだ後に第一巻を読んでみると、自分の印象がかなり変わっていることに気づけると思うので、最終巻が出る前に、お時間のある方はぜひ読み返してみると良いかと思います。

小川一水さんのあとがきについて

   最後に引用したいのは、小川一水さんのあとがきです。

 でもこのお話の終わりはすでに見えています。そのころにはこの話は、大したものになっています。ですので私は、安心して、それまで好き勝手やってこの話を盛り上げていくというわけです。(下巻360頁。)

最初に第一巻を読んだとき、「大したものになっています」と断言するのってすごい自信だなあと思ったものです。小川一水さんの書く小説ですから、面白いのでしょうけれど、それにしてもすごい自信だなあと。

 現在、9巻まで読んだ感想ですが、その当時の自分の認識は甘すぎたなと。もはや、天冥の標シリーズは、「大したもの」という次元をとっくに超えたような気がしています。また、天冥の標シリーズは、単に「面白い」という言葉で形容できるようなものではなく、僕が人生で読んだ/読むことになる本の中でも、トップクラスの傑作になりそうな気がしています。

 正直、9巻まで大風呂敷を広げてきたシリーズが、10巻でどう終わりを迎えるのか。それはまだ分かりません。ただ、これまでの9巻や他の小川一水さんの著作を踏まえれば、自分の想像し得る以上の素敵な終わり方になるのではないかと感じています。

 

次巻の感想:

小川一水「天冥の標II 救世群」 - 本やら映画やらなんやらの感想置き場

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小川一水「天冥の標」感想記事まとめ - 本やらなんやらの感想置き場